・*不器用な2人*・

井上透の場合

放課後のAV教室は、俺と先生以外誰もいなかった。

「お前だけだぞ、世界史で赤点とるバカなんて」

相変わらずの強面とドスのきいた声に、俺は少しだけ嬉しくなりながらも「そうですねー」と答える。

「大体井上、他の科目ほとんどできてたらしいじゃないか。
何で俺の科目だけ赤点とるんだ。
俺への嫌がらせか?」

キツい口調で言いながらも先生は窓を開けて空気の入れ換えをしてくれる。

遠いグラウンドからは野球部員たちの声が聞こえて来た。

「嫌がらせじゃないですよ。
赤点とれば先生と一緒にいられるかと思っただけです」

17点と赤ペンで表記された中間試験の解答用紙と教科書を机の上に置き、先生の方を見る。

先生は呆れたように溜息をつきながら、教卓の前に立ってくれた。

「お前、やけに懐いてくるけど何なんだ。
正直若干気持ち悪いぞ」

ハッキリと言う先生に俺は内心笑顔を作っていたけれど、顔には相変わらず出ていなかったらしい。

「友達からはホモって言われてますね……」

そう答えると、先生はギョッとしたように俺を見直した。

「俺は自覚なんてないんですけどね」

付け加えても、先生の表情は変わらなかった。



きっかり1時間の授業、先生は分かり易く試験範囲をもう1度授業してくれる。

生徒全員に向けてではなく俺の為だけに作ってくれた対策ノートでやってくれる。

「俺が時間削って補習やってやったんだから、もう赤点とるなよ」

そう言われ、思わず「えー」と不満を漏らしてしまった。

「別に男だからとか生徒だからとかそういう理由でお前を嫌ってる訳じゃないんだぞ。
ただその不真面目な態度がどうかと思っているだけで……」

先生はそう言いながら教科書を閉じると帰り支度を始めてしまう。

「俺も、男だからとか先生だからとかいう理由で先生を追いかけてる訳じゃないですよ」

俺の言葉に、扉に手を掛けた先生が振り返る。

「ただ、あの日屋上に飛び込んで来た先生を見て、なんかもう幼馴染みのイケメンをほったらかして運命を感じちゃったんです」

「おい、幼馴染みのイケメンの立場どうした」

「それすらも忘れてしまうほど運命を感じたんです」

「落ち着け井上、幼馴染みのイケメンはどうした」

先生に肩をがっちりと掴まれ、揺さぶられた。

そりゃぁ浅井のことは未だに大好きだけど、もう向こうが俺のことを見ていないのは分かっている。

ずっと一緒にいたんだから、浅井が誰を好きになったかなんて、すぐにでも分かった。

――代用品のままでいいの!?

あの時めぐに言われた言葉の答えは、「いや」だったんだ。



「それで、お前は俺に何を求めているんだ。
2人きりの補習授業か、それとも何だ、まさかキスしろとでも言うのか。
お断りだぞ」

先生の言葉に俺はムッとしながら「そんなんじゃありません」と呟く。

別に何かを求めている訳ではなくて、ただ。

「あーぁ、俺傷付きました。
先生が俺に冷たすぎて傷付きました。
いっそ死んじゃおっかなー」

俺がわざとらしく声を張り上げて言うと、先生はいい加減ウンザリしたような表情を浮かべた。

「お前は相変わらず可愛げないな」

先生は溜息をついてそう言うと、俺の頭を鷲掴みにした。

「死ぬとかそういうこと言うな。
お前たちは大事な預かり物なんだから、死なれたら俺の首が飛ぶ」

以前木山に言ったような言葉を口にして、先生はパッと手を離す。

「それとは、井上。
お前そこそこ面良いんだから、どうせならもっといい男探せよ。
それこそ幼馴染みのイケメンとかさ」

先生はそれだけ言うと、今度こそ教室を出て行った。



机に突っ伏すと、ひんやりとした感触が頬に広がる。

野球部の掛け声が窓から入りこんできた。

――大事な預かり物かぁ。

そんな扱いされるのは酷く心外ではあるけれど、俺のせいで先生の首が飛ぶのもなんかいやだ。

卒業まで待ってあげよう、と心の中で呟いてみた。

自分の頭にふと手を当てると、先生の手の温かさが、まだ少しだけ残っていた。
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