・*不器用な2人*・
土曜日。
お気に入りのワンピースを着て、普段めったにしないお化粧をして、約束の1時間前に駅に着いてしまった。
さすがの梶君もまだきていなくて、私は近くのベンチに座って待つことにした。
駅に設置された古い時計は、コッコと音をたてながら針を振るう。
その音を聞きながらボーッとしていた時だった。
急にケータイが鳴った。
梶君からかと思い、番号もよく確認しないまま、私は電話をとった。
「もしもし」
早口にそう言う声が上擦った。
――もしもし。
電話の向こうから一拍置いて聞こえてきた声は、梶君ではなく淳君だった。
私以上に向こうの声は上擦っていた。
――綾瀬、今すぐ会いたい。
電話の向こうからまた小さな声が聞こえてくる。
私は時計を見た。
10時10分。待ち合わせにはあと50分あった。
「今どこ?」
私は早口に訊ねる。
電話の向こうからは、「教室」と聞こえた。
1年A組の教室へ駆け足に飛び込んだ。
部活動の生徒たちがいるお陰で、教室にも鍵はかかっていなかった。
トランプタワーを作っていった淳君が、入ってきた私を見て驚いたような表情を浮かべ、立ち上がった。
「本当に来るとは思わなかった。」
彼はそう言うと、作っていたタワーを左手で払いのけた。
ばらばらと音を立てて、トランプが床へと落ちる。
「今日、梶と出かけるんじゃなかったの。」
自分が呼び出したことなんて忘れてしまっているかのように、淳君は言った。
「なんで、知ってるの。」
私は息を整えながら、窓際に立つ淳君を見る。
何となく、嫌な考えが頭を過ぎった。
「ううん、なんで呼び出したの。」
私が言い直すと、淳君は糸の切れた人形のようにまた椅子へと座る。
「なんとなくだよ、試しただけ。」
淳君はそう言って、小さく鼻で笑った。
時計は10時40分を指していた。
雨がパラパラと降り始める。
私は教室から出るに出られず、座ったままの淳君と対峙していた。
本当に何となくなのだろうか、そう思ったのは、単に淳君のことを疑いたくなかったからだ。
入学した時からずっと私の前に座っていた彼は、友達なんて1人もいなくて、いつも教室の空気を気にせずに雑誌に目を落としていた。
私が嫌な思いをしている時も、私が嬉しい時も、彼はずっと振り返らずに雑誌を読んでいた。
彼がいたから私の高校生活は調和がとれた。
「淳君は、私にどうしてほしかったの。」
私は、扉の前に立ったまま言った。
淳君の表情は前髪に隠れて見えなかった。
「1人でいてほしかった。
綾瀬は、ずっと友達も作らずに1人でいてほしかった。」
大きな音を立てて立ち上がると、淳君は私へとゆっくり歩み寄ってきた。
咄嗟に逃げたいと思ったけれど、足も手も動かず、何かが私をそこへと留めた。
「友達と笑い合っている綾瀬なんて見たくなかった。
綾瀬なんて、ずっと1人で寂しそうに座っていればよかったんだよ。」
そう言いながら淳君は私がもたれていた扉に手をついた。
まるで私を逃がさないかのように。
慎重さのお陰で目が合った。
声はイラだっていたのに、彼の表情は怒っていなかった。
悪戯をして怒られることを待っている子どものように、バツの悪そうな顔をしていた。
その顔を見たら、私は恐怖も怒りも感じることができなくなってしまった。
「……それは、私じゃなくて淳君でしょ?」
私が言うと、淳君は表情を歪めた。
「違う……。」
そう答える声が弱々しかった。
「私が1人になったら、淳君は嬉しい?」
大降りになった雨が窓を叩く。
廊下を通る生徒はいなかったけれど、用務員さんが灯りを付けていった。
「淳君はそれだけでもういいの?」
淳君は私から目を逸らした。
前髪の中で視線を何度も移ろわせながら、彼はまた小声で「違う」と言った。
私がその場にしゃがみこむと、彼もつられたようにしゃがみこむ。
「淳君、前私に、木山君たちの何を知っているのかって言ったよね。」
私は数日前のことを思い出す。
振り向いて、笑いながら私に聞いてきた淳君。
私は答えに詰まったし、その問の意味を考えようともしなかった。
「私、木山君たちのこと何も知らない。」
入学して友達ができないどころかクラスで嫌われてしまって、そんな時に優しく声をかけてくれた梶君や浅井君や木山君に、私は無条件に懐いてしまっていた。
彼らのことを知ろうともせずに、ただ甘えていた。
「やっぱり、綾瀬は何も分かってないんだ。」
淳君がそう言った。
「でも、淳君が木山君に劣等感を抱いていることは知ってるよ。」
私も負けじと言い返した。
「友達がほしいんじゃないの?
野球がやりたいんじゃないの?
みんなと楽しい高校生活が送りたいんじゃないの?」
私の言葉に淳君はしばらく呆気にとられていたけれど、やがて何も言わずに立ち上がると、逃げるようにして教室を出て行ってしまった。
私はその後を追おうとして時計を見る。11時をさしていた。
今から走って行っても、おそらく30分以上かかってしまう。
私は職員室で傘をもらうと、急いで学校を出た。
お気に入りのワンピースを着て、普段めったにしないお化粧をして、約束の1時間前に駅に着いてしまった。
さすがの梶君もまだきていなくて、私は近くのベンチに座って待つことにした。
駅に設置された古い時計は、コッコと音をたてながら針を振るう。
その音を聞きながらボーッとしていた時だった。
急にケータイが鳴った。
梶君からかと思い、番号もよく確認しないまま、私は電話をとった。
「もしもし」
早口にそう言う声が上擦った。
――もしもし。
電話の向こうから一拍置いて聞こえてきた声は、梶君ではなく淳君だった。
私以上に向こうの声は上擦っていた。
――綾瀬、今すぐ会いたい。
電話の向こうからまた小さな声が聞こえてくる。
私は時計を見た。
10時10分。待ち合わせにはあと50分あった。
「今どこ?」
私は早口に訊ねる。
電話の向こうからは、「教室」と聞こえた。
1年A組の教室へ駆け足に飛び込んだ。
部活動の生徒たちがいるお陰で、教室にも鍵はかかっていなかった。
トランプタワーを作っていった淳君が、入ってきた私を見て驚いたような表情を浮かべ、立ち上がった。
「本当に来るとは思わなかった。」
彼はそう言うと、作っていたタワーを左手で払いのけた。
ばらばらと音を立てて、トランプが床へと落ちる。
「今日、梶と出かけるんじゃなかったの。」
自分が呼び出したことなんて忘れてしまっているかのように、淳君は言った。
「なんで、知ってるの。」
私は息を整えながら、窓際に立つ淳君を見る。
何となく、嫌な考えが頭を過ぎった。
「ううん、なんで呼び出したの。」
私が言い直すと、淳君は糸の切れた人形のようにまた椅子へと座る。
「なんとなくだよ、試しただけ。」
淳君はそう言って、小さく鼻で笑った。
時計は10時40分を指していた。
雨がパラパラと降り始める。
私は教室から出るに出られず、座ったままの淳君と対峙していた。
本当に何となくなのだろうか、そう思ったのは、単に淳君のことを疑いたくなかったからだ。
入学した時からずっと私の前に座っていた彼は、友達なんて1人もいなくて、いつも教室の空気を気にせずに雑誌に目を落としていた。
私が嫌な思いをしている時も、私が嬉しい時も、彼はずっと振り返らずに雑誌を読んでいた。
彼がいたから私の高校生活は調和がとれた。
「淳君は、私にどうしてほしかったの。」
私は、扉の前に立ったまま言った。
淳君の表情は前髪に隠れて見えなかった。
「1人でいてほしかった。
綾瀬は、ずっと友達も作らずに1人でいてほしかった。」
大きな音を立てて立ち上がると、淳君は私へとゆっくり歩み寄ってきた。
咄嗟に逃げたいと思ったけれど、足も手も動かず、何かが私をそこへと留めた。
「友達と笑い合っている綾瀬なんて見たくなかった。
綾瀬なんて、ずっと1人で寂しそうに座っていればよかったんだよ。」
そう言いながら淳君は私がもたれていた扉に手をついた。
まるで私を逃がさないかのように。
慎重さのお陰で目が合った。
声はイラだっていたのに、彼の表情は怒っていなかった。
悪戯をして怒られることを待っている子どものように、バツの悪そうな顔をしていた。
その顔を見たら、私は恐怖も怒りも感じることができなくなってしまった。
「……それは、私じゃなくて淳君でしょ?」
私が言うと、淳君は表情を歪めた。
「違う……。」
そう答える声が弱々しかった。
「私が1人になったら、淳君は嬉しい?」
大降りになった雨が窓を叩く。
廊下を通る生徒はいなかったけれど、用務員さんが灯りを付けていった。
「淳君はそれだけでもういいの?」
淳君は私から目を逸らした。
前髪の中で視線を何度も移ろわせながら、彼はまた小声で「違う」と言った。
私がその場にしゃがみこむと、彼もつられたようにしゃがみこむ。
「淳君、前私に、木山君たちの何を知っているのかって言ったよね。」
私は数日前のことを思い出す。
振り向いて、笑いながら私に聞いてきた淳君。
私は答えに詰まったし、その問の意味を考えようともしなかった。
「私、木山君たちのこと何も知らない。」
入学して友達ができないどころかクラスで嫌われてしまって、そんな時に優しく声をかけてくれた梶君や浅井君や木山君に、私は無条件に懐いてしまっていた。
彼らのことを知ろうともせずに、ただ甘えていた。
「やっぱり、綾瀬は何も分かってないんだ。」
淳君がそう言った。
「でも、淳君が木山君に劣等感を抱いていることは知ってるよ。」
私も負けじと言い返した。
「友達がほしいんじゃないの?
野球がやりたいんじゃないの?
みんなと楽しい高校生活が送りたいんじゃないの?」
私の言葉に淳君はしばらく呆気にとられていたけれど、やがて何も言わずに立ち上がると、逃げるようにして教室を出て行ってしまった。
私はその後を追おうとして時計を見る。11時をさしていた。
今から走って行っても、おそらく30分以上かかってしまう。
私は職員室で傘をもらうと、急いで学校を出た。