・*不器用な2人*・
第11章/前後の席
駅前の前の、1時間前私が座っていたベンチに、梶君は座っていた。
傘もささずにずっとそこにいたのか、全身雨で濡れている。
その姿を見て真っ先に出た言葉は、「ごめんなさい」だった。
急に不安にかきたてられた。
どうしてか分からないけれど、自分が許されないほど悪いことをしてしまったような気がしてならなかった。
梶君は私に気付くと慌てたように立ち上がり、服についた雨粒を払った。
「いいよ、謝るようなことじゃない。」
彼は小さく笑った。
「……ごめんなさい。」
私はまたも、そんな言葉しか出てこなかった。
梶君はしばらく困ったように視線を漂わせていたけれど、やがてその場に座り込んだ。
突然のことで驚いた私は、慌てて彼の前にしゃがみこみ、傘を差し出す。
そっと触れた手が冷たくなっていた。
電話をしてすぐに、浅井君が来てくれた。
「ごめんね、休日に呼び出して」
私が言うと、浅井君は笑いながら「いいよいいよ」と言ってくれる。
自分の着ていたパーカーを梶君にかけて、肩を貸して立ち上がらせる。
「梶の家、案内して。」
浅井君は私を振り返り、あくまでも笑顔のまま言った。
「どうしてそんな顔してるの。」
梶君の家を出ると、浅井君から言われた。
彼は笑いながら私の頬に手を当ててくれる。
その手がやけに温かくて、私は自分の体温が下がってしまっていたことが分かった。
「……何でも器用にできないなって思っただけ。」
そう答えただけなのに、小学生の頃からの自分の行いが一気に思い出されてしまい、気分がどんどん落ち込んでいく。
――あんたのこともう友達とは思えない。絶交だ。
かつて1人の女子から言われた言葉を私はどれほど引き摺っているのだろう。
「それが風野さんなんでしょ。」
浅井君はそう言ってくれたけれど、それに笑うほどの元気も私にはなかった。
翌日の日曜日。
母親に勧められた朝食も食べる気がしなくて、ただなんとなくベッドの上でボーッとしていた。
昨日自分はどんな風に行動すべきだったのか、何度考え直しても答えは見付からなかった。
正しいことをしたとは到底思えないのに、どこで間違えたのかが分からない。
――綾瀬なんて、ずっと1人で寂しそうに座っていればよかったんだよ。
淳君に言われた言葉が思い出されて、本当にそのとおりだと思った。
小学生の頃から同学年の子どもと遊んでいなかった私が、高校に入って急に友達ができるというのもおかしは話だった。
一方的に甘えていただけで、もしかすると誰も私のことを受け入れてなんかいなかったのではないだろうか。
昼頃。浅井君から電話があった。
『まだ凹んでいるんじゃないかなって思って、電話してみたんだけど。図星?』
彼の明るい声に今まで何度も元気をもらったというのに、この日ばかりは明るい返答ができなかった。
面倒なわけではないのに、声を取り繕うことができなくて、私は暗い気持ちのまま「うん」と答えた。
『一緒に梶の家行こう。ちゃんと話そう。
話して分からないような奴ではないから。』
駅前に来るようにと言って、浅井君は一方的に電話を切ってしまった。
行きたくなかったし、気分でもなかったけれど、先日のこともあって浅井君を待たせたくはなかったので、すばやく着替えをして家を出た。
梶君の家へ向かう途中、浅井君に昨日あったことを少しだけ話した。
けれど、私が何を思い悩んでいるのかはまったく伝わらなかったと思う。
自分にとって都合の悪いところをぼかして話してしまったのだから。
インターホンを押そうとした時、ちょうど梶君が家から出てきた。
彼は私たちを見て「あ」と言ったが、すぐに表情を固くした。
「そんな顔するなって。見舞い、みたいな感じ。」
浅井君がヘラヘラと笑いながら言っても、梶君は表情を和らげてはくれなかった。
浅井君も困ったように私を横目で見る。
私もどうしたらいいのか分からなかった。
「昨日は、ごめんなさい。」
結局は昨日と同じ言葉しか出てこなかった。
どうして遅れたのか、その理由を言わなくてはいけないはずなのに、一緒にいる浅井君だって理由を知りたかったはずなのに、私はこの時になってもなお言う勇気がなかった。
「だから、それはもういいって。」
梶君がイラだったように言った。
「謝るようなことじゃないだろ。
俺よりも優先すべきことがあったんだろ。
それでいいよ、もう。」
梶君の言葉に、私の肩は跳ね上がった。
ずっと恐れていたことが、たった今現実になってしまったのだと分かった。
「梶、お前ちょっと言葉選べって!」
浅井君が私を気づかうようにそう言うと、梶君はさらに眉根にしわを寄せた。
「学校で友達いなさそうだったから色々心配してたけど…。
クラスでも順調みたいだし、俺も安心した。
お互いちょうどよかったんじゃないの。」
何を思い悩んでいたのだろう。
何を遠慮していたのだろう。
突き放されて初めて、私は梶君といた毎日を疑問に思った。
「……そうだね。」
そう、自然と口から言葉が出た。
「もういいや。」
傘もささずにずっとそこにいたのか、全身雨で濡れている。
その姿を見て真っ先に出た言葉は、「ごめんなさい」だった。
急に不安にかきたてられた。
どうしてか分からないけれど、自分が許されないほど悪いことをしてしまったような気がしてならなかった。
梶君は私に気付くと慌てたように立ち上がり、服についた雨粒を払った。
「いいよ、謝るようなことじゃない。」
彼は小さく笑った。
「……ごめんなさい。」
私はまたも、そんな言葉しか出てこなかった。
梶君はしばらく困ったように視線を漂わせていたけれど、やがてその場に座り込んだ。
突然のことで驚いた私は、慌てて彼の前にしゃがみこみ、傘を差し出す。
そっと触れた手が冷たくなっていた。
電話をしてすぐに、浅井君が来てくれた。
「ごめんね、休日に呼び出して」
私が言うと、浅井君は笑いながら「いいよいいよ」と言ってくれる。
自分の着ていたパーカーを梶君にかけて、肩を貸して立ち上がらせる。
「梶の家、案内して。」
浅井君は私を振り返り、あくまでも笑顔のまま言った。
「どうしてそんな顔してるの。」
梶君の家を出ると、浅井君から言われた。
彼は笑いながら私の頬に手を当ててくれる。
その手がやけに温かくて、私は自分の体温が下がってしまっていたことが分かった。
「……何でも器用にできないなって思っただけ。」
そう答えただけなのに、小学生の頃からの自分の行いが一気に思い出されてしまい、気分がどんどん落ち込んでいく。
――あんたのこともう友達とは思えない。絶交だ。
かつて1人の女子から言われた言葉を私はどれほど引き摺っているのだろう。
「それが風野さんなんでしょ。」
浅井君はそう言ってくれたけれど、それに笑うほどの元気も私にはなかった。
翌日の日曜日。
母親に勧められた朝食も食べる気がしなくて、ただなんとなくベッドの上でボーッとしていた。
昨日自分はどんな風に行動すべきだったのか、何度考え直しても答えは見付からなかった。
正しいことをしたとは到底思えないのに、どこで間違えたのかが分からない。
――綾瀬なんて、ずっと1人で寂しそうに座っていればよかったんだよ。
淳君に言われた言葉が思い出されて、本当にそのとおりだと思った。
小学生の頃から同学年の子どもと遊んでいなかった私が、高校に入って急に友達ができるというのもおかしは話だった。
一方的に甘えていただけで、もしかすると誰も私のことを受け入れてなんかいなかったのではないだろうか。
昼頃。浅井君から電話があった。
『まだ凹んでいるんじゃないかなって思って、電話してみたんだけど。図星?』
彼の明るい声に今まで何度も元気をもらったというのに、この日ばかりは明るい返答ができなかった。
面倒なわけではないのに、声を取り繕うことができなくて、私は暗い気持ちのまま「うん」と答えた。
『一緒に梶の家行こう。ちゃんと話そう。
話して分からないような奴ではないから。』
駅前に来るようにと言って、浅井君は一方的に電話を切ってしまった。
行きたくなかったし、気分でもなかったけれど、先日のこともあって浅井君を待たせたくはなかったので、すばやく着替えをして家を出た。
梶君の家へ向かう途中、浅井君に昨日あったことを少しだけ話した。
けれど、私が何を思い悩んでいるのかはまったく伝わらなかったと思う。
自分にとって都合の悪いところをぼかして話してしまったのだから。
インターホンを押そうとした時、ちょうど梶君が家から出てきた。
彼は私たちを見て「あ」と言ったが、すぐに表情を固くした。
「そんな顔するなって。見舞い、みたいな感じ。」
浅井君がヘラヘラと笑いながら言っても、梶君は表情を和らげてはくれなかった。
浅井君も困ったように私を横目で見る。
私もどうしたらいいのか分からなかった。
「昨日は、ごめんなさい。」
結局は昨日と同じ言葉しか出てこなかった。
どうして遅れたのか、その理由を言わなくてはいけないはずなのに、一緒にいる浅井君だって理由を知りたかったはずなのに、私はこの時になってもなお言う勇気がなかった。
「だから、それはもういいって。」
梶君がイラだったように言った。
「謝るようなことじゃないだろ。
俺よりも優先すべきことがあったんだろ。
それでいいよ、もう。」
梶君の言葉に、私の肩は跳ね上がった。
ずっと恐れていたことが、たった今現実になってしまったのだと分かった。
「梶、お前ちょっと言葉選べって!」
浅井君が私を気づかうようにそう言うと、梶君はさらに眉根にしわを寄せた。
「学校で友達いなさそうだったから色々心配してたけど…。
クラスでも順調みたいだし、俺も安心した。
お互いちょうどよかったんじゃないの。」
何を思い悩んでいたのだろう。
何を遠慮していたのだろう。
突き放されて初めて、私は梶君といた毎日を疑問に思った。
「……そうだね。」
そう、自然と口から言葉が出た。
「もういいや。」