・*不器用な2人*・
第26章/アルバイト
人はいつか死んでしまう。
死ぬ時になって、手遅れになって、そんな時に今までの人生を悔やむらしい。
私が悔やむことと言えば、中学時代の諍いなのだろうか。
私は梶君と違って、今更どうにかできるわけでもない。
学校も変わったし、あの子たちはもう私のことなんて忘れているかもしれない。
あの中学時代をなかったことにするか、肯定するか。
私にはその二択しかなかった。
夏休みが始まってすぐ。
雑誌で見た雑貨屋さんへいく為に自転車で遠出をした。
隣り町のショッピングモールにはまだ1度も行ったことがなかったけれど、簡易地図を見れば迷うこともなかった。
駐輪所に自転車を止めて鍵をかけた時、不意に背後から肩を叩かれた。
振り返ると、野球部のメンバーの1人である井上君が立っていた。
「買い物?」
低い声で聞かれ、私は慌てて頷く。
井上君は運動部には不似合いなほど大人しく、もの静かな人だ。
屋上メンバーの1人でもあるけれど、2人きりで離したことは1度もなかった。
彼も私と同じく自転車で来たのか、随分とラフな格好だ。
「井上君は?」
一緒に建物に入りながら、私は聞き返す。
「浅井を迎えに……。
ここ、俺らの地元なんだ。」
浅井君と井上君が小学校から一緒の仲だというのはめぐちゃんに聞いたことがあった。
何処に住んでいるのかは1度も聞いたことがなかったけれど。
エスカレーターで2階のフードコートへと着く。
煩雑に並べられたテーブルの1つに、浅井君が突っ伏して眠っていた。
井上君は浅井君の肩をぽんぽんと叩いて起こす。
浅井君はダルそうに顔を上げて私たちを振り返った。
「さっき駐輪所で風野さんに会った。」
井上君がそう言っても、浅井君はボーッとしたまま曖昧な相づちを打つ。
「急いで来たから飲み物とか持ってないや、ごめん。」
そう言う井上君に勧められて、私も同じテーブルに腰を下ろした。
「浅井君、体調悪いの?」
私が井上君を振り返ると、いつもより元気のない浅井君が「寝不足」と低い声で答える。
「体調悪いならバイト休めよ。お店の人にも迷惑かかるんだし……。」
「別にいつものことだし大したことないと思ってたんだけど……。
まさか倒れるなんて自分でもびっくりだ。」
浅井君はそう言いながらまたテーブルへと突っ伏した。
「夏休みの間バイトするの?」
フードコートにはうどん屋さんやラーメン屋さん、ドーナツショップなど、有名チェーン店が揃っていた。
「いや、浅井は4月からずっとバイトしてるよ。」
井上君が浅井君の背中を軽く叩きながら笑う。
初耳だった。
毎日野球部があるのに、その後バイトに行っていたのだろうか。
スタッフオンリーと書かれた扉から出てきたうどん屋の店員さんが私たちのテーブルへとやって来る。
「浅井君の荷物、一応持ってきたんだけど、帰れそう?」
店長と思われる少し年配の女性は、寝ている浅井君に声をかける。
彼が無言なのに変わって井上君が「連れて帰ります」と答えた。
女性はすぐにエプロンを着け直してまた扉の向こうへと行ってしまった。
私はまだモール内を回るので、入口で浅井君・井上君と別れた。
「俺がバイトしてること、他の奴に内緒な」
浅井君は笑いながらそう言って、手を振ってくれた。
翌日。
また気になってショッピングモールに行ってみると、フードコートの一角にあるドーナツショップに浅井君の姿があった。
彼は私に気付くとお客さんに対応しながら小さく笑いかけてくれた。
私も笑い帰しながら、ドーナツショップに1番近い席へ腰を下ろす。
浅井君は休憩に入るとすぐ店から出て来てくれた。
「今日は寝不足じゃないの?」
私が聞くと、彼は笑いながら「平気平気」と答えて同じテーブルに腰を下ろす。
「何でバイトしてるの?
欲しいものでもあるの?」
昨日思った率直な疑問を私が口にすると、浅井君は困ったように笑いながら返答をしなかった。
会話が途切れかけた時だった。
「よう、浅井。」
フードコートの横を通りがかった集団が座っている浅井君に声をかけた。
近所の高校の制服を着た、大人しそうなひょろひょろとした生徒たちだ。
彼らはこちらに近付いて来ようともせずに、遠目から様子をうかがっている。
浅井君の表情が少しだけ強張るのが分かった。
「お前、そこの店でバイトしてるんだってな。
もうカツアゲはやめたの?」
彼らの言葉に、浅井君は何か言おうとして、すぐに口を閉じた。
浅井君の手が小刻みに震えているのを見て、何となく嫌な空気を察した。
「てかカツアゲの次はバイトって、お前の家どんだけ貧乏なんだって話だよ、なぁ。」
さらに続ける彼らに、浅井君は特に言い返そうともしなかった。
代わりに何か言ってあげたかったけれど、いまいち事情が分からない。
カツアゲ、という聞き慣れない言葉の意味を思い出すのに、少しだけ時間がかかった。
彼らがゾロゾロと立ち去って行くと、浅井君もゆっくりと立ち上がる。
「中学の時の同級生…。」
私が何も言わないうちから浅井君はそう言って、震えている手を背中に隠した。
さっき彼らが言っていたことの意味を知りたかったけれど、聞いてはいけないような気がして、私は「そっか」と呟くことしかできなかった。
「じゃあ、俺戻るから。」
彼は早口にそう言うと、逃げるようにして私の傍を離れた。
それとほぼ入れ替わりに、井上君がやって来た。
「浅井、どうしたの。」
店へと入って行った浅井君を眺めながら井上君が言う。
「中学の人たちに会って、なんか暗くなったんだけど…。」
私が分かる範囲内で説明すると、井上君はちいさく首を縦に振った。
「浅井君、中学時代何かあったの?
家庭に何か問題でもあるの?」
本人に聞けなかったことを訊ねると、井上君は私を見下ろした。
底なしの黒い目でジッと見られ、不思議と緊張感が生まれる。
「そのうち離すよ。」
そう言う彼の声はいつもと変わらず静かなものだった。
死ぬ時になって、手遅れになって、そんな時に今までの人生を悔やむらしい。
私が悔やむことと言えば、中学時代の諍いなのだろうか。
私は梶君と違って、今更どうにかできるわけでもない。
学校も変わったし、あの子たちはもう私のことなんて忘れているかもしれない。
あの中学時代をなかったことにするか、肯定するか。
私にはその二択しかなかった。
夏休みが始まってすぐ。
雑誌で見た雑貨屋さんへいく為に自転車で遠出をした。
隣り町のショッピングモールにはまだ1度も行ったことがなかったけれど、簡易地図を見れば迷うこともなかった。
駐輪所に自転車を止めて鍵をかけた時、不意に背後から肩を叩かれた。
振り返ると、野球部のメンバーの1人である井上君が立っていた。
「買い物?」
低い声で聞かれ、私は慌てて頷く。
井上君は運動部には不似合いなほど大人しく、もの静かな人だ。
屋上メンバーの1人でもあるけれど、2人きりで離したことは1度もなかった。
彼も私と同じく自転車で来たのか、随分とラフな格好だ。
「井上君は?」
一緒に建物に入りながら、私は聞き返す。
「浅井を迎えに……。
ここ、俺らの地元なんだ。」
浅井君と井上君が小学校から一緒の仲だというのはめぐちゃんに聞いたことがあった。
何処に住んでいるのかは1度も聞いたことがなかったけれど。
エスカレーターで2階のフードコートへと着く。
煩雑に並べられたテーブルの1つに、浅井君が突っ伏して眠っていた。
井上君は浅井君の肩をぽんぽんと叩いて起こす。
浅井君はダルそうに顔を上げて私たちを振り返った。
「さっき駐輪所で風野さんに会った。」
井上君がそう言っても、浅井君はボーッとしたまま曖昧な相づちを打つ。
「急いで来たから飲み物とか持ってないや、ごめん。」
そう言う井上君に勧められて、私も同じテーブルに腰を下ろした。
「浅井君、体調悪いの?」
私が井上君を振り返ると、いつもより元気のない浅井君が「寝不足」と低い声で答える。
「体調悪いならバイト休めよ。お店の人にも迷惑かかるんだし……。」
「別にいつものことだし大したことないと思ってたんだけど……。
まさか倒れるなんて自分でもびっくりだ。」
浅井君はそう言いながらまたテーブルへと突っ伏した。
「夏休みの間バイトするの?」
フードコートにはうどん屋さんやラーメン屋さん、ドーナツショップなど、有名チェーン店が揃っていた。
「いや、浅井は4月からずっとバイトしてるよ。」
井上君が浅井君の背中を軽く叩きながら笑う。
初耳だった。
毎日野球部があるのに、その後バイトに行っていたのだろうか。
スタッフオンリーと書かれた扉から出てきたうどん屋の店員さんが私たちのテーブルへとやって来る。
「浅井君の荷物、一応持ってきたんだけど、帰れそう?」
店長と思われる少し年配の女性は、寝ている浅井君に声をかける。
彼が無言なのに変わって井上君が「連れて帰ります」と答えた。
女性はすぐにエプロンを着け直してまた扉の向こうへと行ってしまった。
私はまだモール内を回るので、入口で浅井君・井上君と別れた。
「俺がバイトしてること、他の奴に内緒な」
浅井君は笑いながらそう言って、手を振ってくれた。
翌日。
また気になってショッピングモールに行ってみると、フードコートの一角にあるドーナツショップに浅井君の姿があった。
彼は私に気付くとお客さんに対応しながら小さく笑いかけてくれた。
私も笑い帰しながら、ドーナツショップに1番近い席へ腰を下ろす。
浅井君は休憩に入るとすぐ店から出て来てくれた。
「今日は寝不足じゃないの?」
私が聞くと、彼は笑いながら「平気平気」と答えて同じテーブルに腰を下ろす。
「何でバイトしてるの?
欲しいものでもあるの?」
昨日思った率直な疑問を私が口にすると、浅井君は困ったように笑いながら返答をしなかった。
会話が途切れかけた時だった。
「よう、浅井。」
フードコートの横を通りがかった集団が座っている浅井君に声をかけた。
近所の高校の制服を着た、大人しそうなひょろひょろとした生徒たちだ。
彼らはこちらに近付いて来ようともせずに、遠目から様子をうかがっている。
浅井君の表情が少しだけ強張るのが分かった。
「お前、そこの店でバイトしてるんだってな。
もうカツアゲはやめたの?」
彼らの言葉に、浅井君は何か言おうとして、すぐに口を閉じた。
浅井君の手が小刻みに震えているのを見て、何となく嫌な空気を察した。
「てかカツアゲの次はバイトって、お前の家どんだけ貧乏なんだって話だよ、なぁ。」
さらに続ける彼らに、浅井君は特に言い返そうともしなかった。
代わりに何か言ってあげたかったけれど、いまいち事情が分からない。
カツアゲ、という聞き慣れない言葉の意味を思い出すのに、少しだけ時間がかかった。
彼らがゾロゾロと立ち去って行くと、浅井君もゆっくりと立ち上がる。
「中学の時の同級生…。」
私が何も言わないうちから浅井君はそう言って、震えている手を背中に隠した。
さっき彼らが言っていたことの意味を知りたかったけれど、聞いてはいけないような気がして、私は「そっか」と呟くことしかできなかった。
「じゃあ、俺戻るから。」
彼は早口にそう言うと、逃げるようにして私の傍を離れた。
それとほぼ入れ替わりに、井上君がやって来た。
「浅井、どうしたの。」
店へと入って行った浅井君を眺めながら井上君が言う。
「中学の人たちに会って、なんか暗くなったんだけど…。」
私が分かる範囲内で説明すると、井上君はちいさく首を縦に振った。
「浅井君、中学時代何かあったの?
家庭に何か問題でもあるの?」
本人に聞けなかったことを訊ねると、井上君は私を見下ろした。
底なしの黒い目でジッと見られ、不思議と緊張感が生まれる。
「そのうち離すよ。」
そう言う彼の声はいつもと変わらず静かなものだった。