・*不器用な2人*・
第28章/中学の旧友
7月の末。
たまたま立ち寄った本屋で、中学時代のクラスメートと遭遇した。
無視をしたり嫌がらせをしてきたりしたかつての友人たち。
すぐに店を変えようとしたけれど、向こうは私に気付いたらしく、「あれって…」とこちらを指さしながらヒソヒソ言っていた。
やがて、1番仲の良かった女子が近付いてきて、「綾瀬ちゃんだよね?」と嫌な笑みを浮かべながら声をかけてきた。
どんな顔をすればいいのか、どう接すればいいのか、私は分からないままにおずおずと頷いた。
「すごい久し振りじゃん。
今どこの高校通ってるの?」
そう言われて戸惑っていると、後ろから様子をうかがっていた女子たちが、「あの底辺校でしょ」と薄ら笑いを浮かべながら言った。
「城下中学からわざわざ高校受験してあんなバカ高校行くとかちょっと引くわ。」
私に言っているわけではない。
友達同士で話しているのだろう。
だけど、ハッキリと聞こえてきた言葉に、カッと頬が熱くなった。
――バカ高校なんかじゃない。
仲良くしてくれている人たちの顔が頭に浮かび、苛立ちがこみ上げてくる。
「高校生にもなってそういう風につるんでる方がどん引きなんだけど…。」
そんな言葉が自然と口からこぼれ落ちた。
中学時代、ハッキリと言えなかった言葉が、今なら言えるような気がした。
ただ泣き寝入りしていただけではない。
私は私の話を聞かずに一方的に盛り上がってしまったかつての友人たちに、ずっと苛立っていた。
「は?何それ、どういうこと?」
目の前に立っている女子があからさまに顔を顰めた。
後ろにいた女子たちがこちらへと近付いて来る。
「うちらがどうかした?
バカ高校の生徒が城下を僻んでなんか言ってるんですけど。」
僻んでなんかいない。
今更城下を羨ましいなんて思わない。2度と戻りたくない。
そんな気持ちがしっかりとあった。
「だから…中の時からまったく進歩してないことに引くって言ってるの。
ベタベタ集団でしか行動できないなんて園児かよ。」
少し大きな声を出しすぎたらしい。
周りの客が振り返った。
「どうせあんた、新しい高校にも友達いないんでしょ!?
進歩ないのはあんたの方だって。
そうやって周りの人のこと見下して何が楽しいわけ?
その上から目線がうちらはずっと嫌だったのに、まだ学習してないわけ?」
女子がそこまで言った時だった。
急に背後から肩を掴まれて、誰かの胸元に引き寄せられた。
見上げると、不機嫌そうに顔を顰めた淳君が立っていた。
そのよ子をすり抜けるようにして出てきた木山君が、怒鳴っていた女子の顔面を勢いよく殴りつける。
様子をうかがっていた人たちが次々と悲鳴を上げ始めた。
鼻血を吹き出して倒れる女子に、私もギョッとする。
「豚が人間の言葉喋ってんじゃねーよ。
早く豚小屋に帰らないとミンチにすんぞ。」
木山君のしわがれた低い声に、城下の女子たちが肩を跳ね上がらせる。
「さっさと消えろって言ってんだよ。」
木山君はそう言いながら倒れた女子の身体を蹴り上げる。
さらに悲鳴が上がり、店員さんが慌ててカウンターから飛び出して来た。
「ちょっと君、店内で暴れてもらったら困るよ。
警察呼ぶよ。」
そう言う店員さんを木山君は振り払い、手近にいた女子の胸ぐらを掴んで彼に向かって投げつける。
陳列されていた雑誌が床に散乱し、床のタイルに血がぽたぽたと零れた。
淳君が自販機で買ったジュースを2つ持って、ベンチまで戻って来る。
昼間の公園は静かで、私たち以外誰もいなかった。
木山君は腫れた頬に受け取ったジュースを当てたままジッとしていたけれど、やがて「ごめんね」と優しい声で私に言った。
私は木山君を見る。
「木山君に謝られることなんて全然…」
そう答えながら、私は彼らが出てくる直前に言われたことを思い出す。
もし、木山君が女子たちを殴っていなかったら。
私は何と言い返したのだろう。
結局は暴力でしかあの場は納まらなかったのだろうか。
「私、周りを見下してなんかいない。
誰かをバカにしたりなんて、してない。」
ポツリと呟くと、かつての理不尽な仕打ちが一気に思い出されてしまう。
私にはそんなつもりはなかったのに、私の行動をみんなは不快に思っていた。
私を嫌がっていた。
「本当は仲良くしたかったし、関係がこじれた後も、仲直りしたかった。」
話を聞いてほしくて、何度も彼女たちを呼び止める。
そんな夢を未だによく見る。
「風野さんは悪くないよ。」
木山君が私の頭に手を置く。
優しく笑いかけられて、少しだけ緊張が解けた。
「風野さんはいつも周りに気を使って一生懸命だよ。
他の人を不快にしない為に、自分が嫌な思いをしていても我慢するし。
場の空気を察してくれる。
嫌なことは絶対に言わないし、欲しい言葉をかけてくれる。」
木山君は私から目を逸らしながら言う。
「みんな、分かっているから。」
クシャクシャと乱暴に私の髪を掻き混ぜて、木山君は立ち上がる。
「俺そろそろ帰るね。
親に連絡行ってると面倒だ。」
彼は笑いながら鞄を肩にかけると、ゆっくりと公園を出て行った。
残された淳君は気まずそうな表情を浮かべたまま、私を横目でちらりと見る。
「……あいつ、怒ると怖いでしょ。」
小声で言われ、私は素直に首を縦に振る。
「でも、人のためにしか怒らないから、絶対。」
淳君はそう言って、木山君が出ていった公園の入口を眺める。
どうして今日2人は一緒にいたのか少し気になったけれど、それを聞くことはやめておいた。
「…俺も、綾瀬の気配りできるとこ、いいと思う。」
淳君はボソッと言いながら、膝に顔を埋めた。
急に気恥ずかしくなって、私も「ありがとう」と小声で言うと、顔を伏せた。
たまたま立ち寄った本屋で、中学時代のクラスメートと遭遇した。
無視をしたり嫌がらせをしてきたりしたかつての友人たち。
すぐに店を変えようとしたけれど、向こうは私に気付いたらしく、「あれって…」とこちらを指さしながらヒソヒソ言っていた。
やがて、1番仲の良かった女子が近付いてきて、「綾瀬ちゃんだよね?」と嫌な笑みを浮かべながら声をかけてきた。
どんな顔をすればいいのか、どう接すればいいのか、私は分からないままにおずおずと頷いた。
「すごい久し振りじゃん。
今どこの高校通ってるの?」
そう言われて戸惑っていると、後ろから様子をうかがっていた女子たちが、「あの底辺校でしょ」と薄ら笑いを浮かべながら言った。
「城下中学からわざわざ高校受験してあんなバカ高校行くとかちょっと引くわ。」
私に言っているわけではない。
友達同士で話しているのだろう。
だけど、ハッキリと聞こえてきた言葉に、カッと頬が熱くなった。
――バカ高校なんかじゃない。
仲良くしてくれている人たちの顔が頭に浮かび、苛立ちがこみ上げてくる。
「高校生にもなってそういう風につるんでる方がどん引きなんだけど…。」
そんな言葉が自然と口からこぼれ落ちた。
中学時代、ハッキリと言えなかった言葉が、今なら言えるような気がした。
ただ泣き寝入りしていただけではない。
私は私の話を聞かずに一方的に盛り上がってしまったかつての友人たちに、ずっと苛立っていた。
「は?何それ、どういうこと?」
目の前に立っている女子があからさまに顔を顰めた。
後ろにいた女子たちがこちらへと近付いて来る。
「うちらがどうかした?
バカ高校の生徒が城下を僻んでなんか言ってるんですけど。」
僻んでなんかいない。
今更城下を羨ましいなんて思わない。2度と戻りたくない。
そんな気持ちがしっかりとあった。
「だから…中の時からまったく進歩してないことに引くって言ってるの。
ベタベタ集団でしか行動できないなんて園児かよ。」
少し大きな声を出しすぎたらしい。
周りの客が振り返った。
「どうせあんた、新しい高校にも友達いないんでしょ!?
進歩ないのはあんたの方だって。
そうやって周りの人のこと見下して何が楽しいわけ?
その上から目線がうちらはずっと嫌だったのに、まだ学習してないわけ?」
女子がそこまで言った時だった。
急に背後から肩を掴まれて、誰かの胸元に引き寄せられた。
見上げると、不機嫌そうに顔を顰めた淳君が立っていた。
そのよ子をすり抜けるようにして出てきた木山君が、怒鳴っていた女子の顔面を勢いよく殴りつける。
様子をうかがっていた人たちが次々と悲鳴を上げ始めた。
鼻血を吹き出して倒れる女子に、私もギョッとする。
「豚が人間の言葉喋ってんじゃねーよ。
早く豚小屋に帰らないとミンチにすんぞ。」
木山君のしわがれた低い声に、城下の女子たちが肩を跳ね上がらせる。
「さっさと消えろって言ってんだよ。」
木山君はそう言いながら倒れた女子の身体を蹴り上げる。
さらに悲鳴が上がり、店員さんが慌ててカウンターから飛び出して来た。
「ちょっと君、店内で暴れてもらったら困るよ。
警察呼ぶよ。」
そう言う店員さんを木山君は振り払い、手近にいた女子の胸ぐらを掴んで彼に向かって投げつける。
陳列されていた雑誌が床に散乱し、床のタイルに血がぽたぽたと零れた。
淳君が自販機で買ったジュースを2つ持って、ベンチまで戻って来る。
昼間の公園は静かで、私たち以外誰もいなかった。
木山君は腫れた頬に受け取ったジュースを当てたままジッとしていたけれど、やがて「ごめんね」と優しい声で私に言った。
私は木山君を見る。
「木山君に謝られることなんて全然…」
そう答えながら、私は彼らが出てくる直前に言われたことを思い出す。
もし、木山君が女子たちを殴っていなかったら。
私は何と言い返したのだろう。
結局は暴力でしかあの場は納まらなかったのだろうか。
「私、周りを見下してなんかいない。
誰かをバカにしたりなんて、してない。」
ポツリと呟くと、かつての理不尽な仕打ちが一気に思い出されてしまう。
私にはそんなつもりはなかったのに、私の行動をみんなは不快に思っていた。
私を嫌がっていた。
「本当は仲良くしたかったし、関係がこじれた後も、仲直りしたかった。」
話を聞いてほしくて、何度も彼女たちを呼び止める。
そんな夢を未だによく見る。
「風野さんは悪くないよ。」
木山君が私の頭に手を置く。
優しく笑いかけられて、少しだけ緊張が解けた。
「風野さんはいつも周りに気を使って一生懸命だよ。
他の人を不快にしない為に、自分が嫌な思いをしていても我慢するし。
場の空気を察してくれる。
嫌なことは絶対に言わないし、欲しい言葉をかけてくれる。」
木山君は私から目を逸らしながら言う。
「みんな、分かっているから。」
クシャクシャと乱暴に私の髪を掻き混ぜて、木山君は立ち上がる。
「俺そろそろ帰るね。
親に連絡行ってると面倒だ。」
彼は笑いながら鞄を肩にかけると、ゆっくりと公園を出て行った。
残された淳君は気まずそうな表情を浮かべたまま、私を横目でちらりと見る。
「……あいつ、怒ると怖いでしょ。」
小声で言われ、私は素直に首を縦に振る。
「でも、人のためにしか怒らないから、絶対。」
淳君はそう言って、木山君が出ていった公園の入口を眺める。
どうして今日2人は一緒にいたのか少し気になったけれど、それを聞くことはやめておいた。
「…俺も、綾瀬の気配りできるとこ、いいと思う。」
淳君はボソッと言いながら、膝に顔を埋めた。
急に気恥ずかしくなって、私も「ありがとう」と小声で言うと、顔を伏せた。