・*不器用な2人*・
第29章/心配
野球部は7月中は練習がある。
暑い中、水分補給もほとんどせず、野球部員たちはグラウンドの中を走り回っている。
「すごいね、熱中症とかならないの?」
芝生に腰を下ろしてお茶を飲みながら私が言うと、めぐちゃんは「この前1年が倒れてさー」と笑いながら言う。
そして、芝生の上から立ち上がり、グラウンドに向かって大声で怒鳴る。
「木山君、そろそろ休憩して!」
グラウンド周りを走らされていた木山君が、ノロノロと走るのをやめて木陰へと移動していく。
「浅井君と梶君、水分補給ちゃんとして!!」
さらに怒鳴られ、グラウンドの隅でキャッチボールを延々としていた梶君と浅井君が水飲み場へと走って行く。
「あと少しでお昼の時間だから、屋上行こうよ。
久し振りに。」
めぐちゃんに笑いかけられて、私もつられて笑顔になる。
本屋での一件以来、今まで以上に友達のことを意識するようになっていた。
みんなでお弁当を食べている時だった。
浅井君が箸を置いて立ち上がった。
「俺ちょっと……。」
彼はそれだけ言うと足早に屋上を出て行く。
野球部のメンバーが一斉に顔を見合わせた。
「浅井、病気なんじゃないの。」
木山君がボソリと低い声で言うと、他のメンバーたちも一斉に箸を置いてしまう。
「それこそ大袈裟ってものだよ、木山君。」
井上君があまり通らない声でそう言い、涼しい顔でジュースをすすった。
「でも、もう1週間以上あんな調子だよね、浅井君。」
めぐちゃんが沈んだ顔付きで言うと、梶君が溜息をつきながら立ち上がった。
屋上から出ていく彼の後を、私も慌てて追う。
階段に腰を下ろしていた浅井君の横に、梶君も座る。
私も梶君の横へと腰を下ろした。
「小学生でさ、朝学校に行く時間になるとお腹痛いって泣き出したり。
中学生が英語の授業の前になると頭痛いって言って保健室に通ったり。
そういうのってあるじゃん。」
梶君の唐突な言葉に浅井君がゆっくりと顔を上げる。
「仮病のサボりとかそういうことではなくて、本当に腹痛とか頭痛になるんだよな、あれ。
俺も中学の時、学校で辛いことがあって、毎朝腹が痛くなってベッドからなかなか出られなかったりしたし。」
私もふと思い出す。
教室へ入ろうとすると急に立ちくらみに襲われた中学時代。
「俺がそれだってことッスか。」
浅井君は笑いながら頬を掻く。
梶君も笑いながら「かもなー」と答えた。
「中学の時に同じ部活だった奴が、誰にも悩みを言えずに取り返しのつかないことになってさ…。
それ依頼ずっと後悔してた。
すぐ近くにいて、誰よりも長い時間一緒にいた俺が何もできなかったってことに。
だから、高校ではできるっだけそういうことに気付きたくて…」
梶君の言葉はそこで止まった。
浅井君が目を見開いたままそっと口に片手を持っていくところだった。
慌てて立ち上がろうとする梶君の腕を、浅井君がもう片手で掴み、笑う。
「大丈夫、吐かない吐かない。」
口を覆おうとしていた手を離し、浅井君はちいさく笑う。
「梶がいい奴っていうのは分かるし、お前みたいな奴が友達になってくれたことは嬉しいんだけど…。」
浅井君はゆっくりと立ち上がりながら言う。
「話したら、梶は絶対俺のこと嫌いになるから。」
梶君も立ち上がり、浅井君を見下ろす。
「そんな話聞いたくらいで嫌いになんてならないって…」
呆れたように言う梶君の胸板を、浅井君が軽く押した。
本当に弱い力だったのに、階段の段差のせいで、梶君は少しだけよろけて数段踏み外す。
「なるから、絶対。
お前でも絶対。」
浅井君はそう言うと、またムリに笑って、階段を下りて行ってしまった。
蝉の声があちこちから聞こえてくる。
梶君と一緒に馴染みの道を歩きながら、大きく溜息をつく。
「梶君だけが持っているものってたくさんあると思うし。
梶君にしかできないこともたくさんあると思う。」
私が笑いかけると、梶君は少しだけ笑みを浮かべてくれた。
「だといいな。」
そう呟いて、彼は私の手を握る。
「この前、中学時代のクラスメートに会って、口喧嘩になったの。
すごく蔑まれて本当に辛かったんだけど、木山君と淳君がたまたま同じ場所に居合わせてくれて、木山君がその子たちのこと殴っちゃって差…。」
私が笑いながら言うと、梶君がギョッとしたように「え」と濁った声をあげる。
その時のことを話しながら、私は少しだけ温かい気持ちになる。
「木山君は、裏表を使い分けて自分も他人も守る人。
淳君は失敗を怖がるけど真っ直ぐ他人と向きあう人。
梶君は、どういう人なのかな。」
私が言うと、梶君は軽くまゆを顰めながら考え込んでから、不意に私の肩を引き寄せた。
「何だろう…」
優しく抱き締められ、私は気恥ずかしさや緊張よりも、安心感を覚える。
梶君の背中に手を回すと、不意に聞かれた。
「じゃあ、風野は?」
問い返され、私は梶君の腕の中で考える。
不器用で何一つできない私は、いつも誰かの後を咄嗟に追いかけて、訳も分からないままに思ったことを口にして…。
この役目はきっと「迷っている人と一緒になって迷うこと。」
口に出すと、梶君はちいさく笑って、「風野にぴったり」と呟いた。
暑い中、水分補給もほとんどせず、野球部員たちはグラウンドの中を走り回っている。
「すごいね、熱中症とかならないの?」
芝生に腰を下ろしてお茶を飲みながら私が言うと、めぐちゃんは「この前1年が倒れてさー」と笑いながら言う。
そして、芝生の上から立ち上がり、グラウンドに向かって大声で怒鳴る。
「木山君、そろそろ休憩して!」
グラウンド周りを走らされていた木山君が、ノロノロと走るのをやめて木陰へと移動していく。
「浅井君と梶君、水分補給ちゃんとして!!」
さらに怒鳴られ、グラウンドの隅でキャッチボールを延々としていた梶君と浅井君が水飲み場へと走って行く。
「あと少しでお昼の時間だから、屋上行こうよ。
久し振りに。」
めぐちゃんに笑いかけられて、私もつられて笑顔になる。
本屋での一件以来、今まで以上に友達のことを意識するようになっていた。
みんなでお弁当を食べている時だった。
浅井君が箸を置いて立ち上がった。
「俺ちょっと……。」
彼はそれだけ言うと足早に屋上を出て行く。
野球部のメンバーが一斉に顔を見合わせた。
「浅井、病気なんじゃないの。」
木山君がボソリと低い声で言うと、他のメンバーたちも一斉に箸を置いてしまう。
「それこそ大袈裟ってものだよ、木山君。」
井上君があまり通らない声でそう言い、涼しい顔でジュースをすすった。
「でも、もう1週間以上あんな調子だよね、浅井君。」
めぐちゃんが沈んだ顔付きで言うと、梶君が溜息をつきながら立ち上がった。
屋上から出ていく彼の後を、私も慌てて追う。
階段に腰を下ろしていた浅井君の横に、梶君も座る。
私も梶君の横へと腰を下ろした。
「小学生でさ、朝学校に行く時間になるとお腹痛いって泣き出したり。
中学生が英語の授業の前になると頭痛いって言って保健室に通ったり。
そういうのってあるじゃん。」
梶君の唐突な言葉に浅井君がゆっくりと顔を上げる。
「仮病のサボりとかそういうことではなくて、本当に腹痛とか頭痛になるんだよな、あれ。
俺も中学の時、学校で辛いことがあって、毎朝腹が痛くなってベッドからなかなか出られなかったりしたし。」
私もふと思い出す。
教室へ入ろうとすると急に立ちくらみに襲われた中学時代。
「俺がそれだってことッスか。」
浅井君は笑いながら頬を掻く。
梶君も笑いながら「かもなー」と答えた。
「中学の時に同じ部活だった奴が、誰にも悩みを言えずに取り返しのつかないことになってさ…。
それ依頼ずっと後悔してた。
すぐ近くにいて、誰よりも長い時間一緒にいた俺が何もできなかったってことに。
だから、高校ではできるっだけそういうことに気付きたくて…」
梶君の言葉はそこで止まった。
浅井君が目を見開いたままそっと口に片手を持っていくところだった。
慌てて立ち上がろうとする梶君の腕を、浅井君がもう片手で掴み、笑う。
「大丈夫、吐かない吐かない。」
口を覆おうとしていた手を離し、浅井君はちいさく笑う。
「梶がいい奴っていうのは分かるし、お前みたいな奴が友達になってくれたことは嬉しいんだけど…。」
浅井君はゆっくりと立ち上がりながら言う。
「話したら、梶は絶対俺のこと嫌いになるから。」
梶君も立ち上がり、浅井君を見下ろす。
「そんな話聞いたくらいで嫌いになんてならないって…」
呆れたように言う梶君の胸板を、浅井君が軽く押した。
本当に弱い力だったのに、階段の段差のせいで、梶君は少しだけよろけて数段踏み外す。
「なるから、絶対。
お前でも絶対。」
浅井君はそう言うと、またムリに笑って、階段を下りて行ってしまった。
蝉の声があちこちから聞こえてくる。
梶君と一緒に馴染みの道を歩きながら、大きく溜息をつく。
「梶君だけが持っているものってたくさんあると思うし。
梶君にしかできないこともたくさんあると思う。」
私が笑いかけると、梶君は少しだけ笑みを浮かべてくれた。
「だといいな。」
そう呟いて、彼は私の手を握る。
「この前、中学時代のクラスメートに会って、口喧嘩になったの。
すごく蔑まれて本当に辛かったんだけど、木山君と淳君がたまたま同じ場所に居合わせてくれて、木山君がその子たちのこと殴っちゃって差…。」
私が笑いながら言うと、梶君がギョッとしたように「え」と濁った声をあげる。
その時のことを話しながら、私は少しだけ温かい気持ちになる。
「木山君は、裏表を使い分けて自分も他人も守る人。
淳君は失敗を怖がるけど真っ直ぐ他人と向きあう人。
梶君は、どういう人なのかな。」
私が言うと、梶君は軽くまゆを顰めながら考え込んでから、不意に私の肩を引き寄せた。
「何だろう…」
優しく抱き締められ、私は気恥ずかしさや緊張よりも、安心感を覚える。
梶君の背中に手を回すと、不意に聞かれた。
「じゃあ、風野は?」
問い返され、私は梶君の腕の中で考える。
不器用で何一つできない私は、いつも誰かの後を咄嗟に追いかけて、訳も分からないままに思ったことを口にして…。
この役目はきっと「迷っている人と一緒になって迷うこと。」
口に出すと、梶君はちいさく笑って、「風野にぴったり」と呟いた。