・*不器用な2人*・
第31章/浅井君と井上君
――元気出して、浅井。
その言葉は浅井君に届いたのだろうか。
ドーナツショップのレジに立っていた浅井君は、休憩が終わると私と同じテーブルに腰を下ろし、大きく溜息をついた。
「毎日朝早くから、大変じゃない?」
私が訊ねると、浅井君は「平気」と笑いながら少しだけ視線を逸らす。
彼の視線を辿って行くと、先日このフードコートで会った浅井君の同級生の1人がいた。
彼は壁際で何やら大柄なヤンキーに話しかけられている。
「柳だ…。」
浅井君はポツリと言って、ゆっくりと身を起こす。
「柳って?」
私が訊ねると、彼は「小中一緒だった奴」と答えた。
それから席を立つと、彼らの元へと歩いて行く。
私は咄嗟に立ち上がることもできず、椅子に座ったまま浅井君を見送ってしまった。
浅井君はエプロンのポケットからお金を取り出すと、ヤンキーに手渡す。
その枚数の多さは遠目からでも伝わって来て、私はギョッとした。
――井上君に返す為に貯めたお金じゃないの?
――よりによって、柳って浅井君のこと見捨てた男子なんでしょ?
何やら言い合いになった末、いきなりヤンキーが浅井君の腹部を殴りつけた。
ドッとざわめきが起こり、フードコートにいた家族連れが子どもを抱きかかえて逃げるようにその場を離れ始める。
私もようやく立ち上がって浅井君へと近寄った。
「俺はそこの眼鏡に用があるんだっつの。
店員が出て来るんじゃねーよ。」
ヤンキーの野太い声が耳に障る。
浅井くんは殴られた腹部を押さえながら、自分より背の高いヤンキーを見上げていた。
「俺の働いてる店の前でやられたら迷惑だから出てきたんだよ。
消えろデブ。」
負けじと言う浅井君の声に、私はギョッとする。
さらに逆上した相手が手を振り上げ、フードコート仲に悲鳴が上がるのとほぼ同時だった。
私の視界に井上君が映り込んだ。
鈍い音が響き渡り、浅井君と柳の2人を抱きかかえるようにして井上君が地面へとズルズルと崩れ落ちる。
騒ぎを聞きつけた警備員が走って来て、ヤンキーを取り押さえた。
「井上、お前余計なことするんじゃ…」
覆いかぶさっている井上君に強い口調で文句を言おうとして、浅井君はすぐに言葉を切る。
「大丈夫?井上」
浅井君の声に井上君はゆっくりと起き上がり、首を横に振った。
彼は浅井君に言葉をかける前に、もう1と、抱いていた男子へと視線を移した。
「柳は?怪我ない?」
井上君に聞かれ、柳は怯えたように肩を跳ね上がらせる。
「何で浅井と井上が出て来るんだよ…」
柳の震える声に浅井君は困ったように表情を浮かべて立ち上がる。
「なんでって…俺そこの店員だし…」
浅井君はドーナツショップを指さしてそう呟いてから、柳を見下ろす。
「それに柳は小学校時代の友達だし」
「友達って言っても…。
俺、バイクの時逃げたし、その上浅井の役に立つような金額だせなかったし…。
それにバイクを倒したの本当は…」
柳が次々と言葉を紡ごうとするのを、井上君が止める。
「いいよ、そういうの。」
なぁ?と同意を求められた浅井君は無言のまま頷いた。
「友達じゃなかったら、浅井は柳のことを庇ったりなんかしなかったんじゃないかな。
小6の時も、今も。」
井上君の言葉に柳が顔を引きつらせる。
浅井君も井上君も、バイクを倒した人が分かっていたのに、今日の今日までそれを口に出さずに過ごしていたのだ。
私も呆気にとられて彼らの顔を交互に見る。
「後は俺が1年働いて井上ん家の母さんたちに金返したら全部終わるし。
今更昔のこと蒸し返さなくたって…」
浅井君はそう言いながらちらりと柳の顔を見る。
そして小声で「お互いいいじゃん」と付け足した。
そんなあっさりと済む話なのだろうかと内心私は思ったけれど、口に出すことはやめておいた。
浅井君がバイトに戻り、私と井上君は柳と一緒にフードコートを出た。
カーペットの敷かれた廊下を歩きながら井上君が柳に聞いた。
「まだ浅井のこと許せない?」
黒のだて眼鏡を掛け直しながら、柳は無言だった。
井上君は少しだけ苛立ったような表情を浮かべて、柳の肩を掴んだ。
「浅井はお前のこと何度も許したのに、お前はまだ許さないのかって聞いてるんだよ、俺。」
柳は驚いたように井上君を凝視する。
「許すも何も…俺は浅井に悪かったなーって思ってたし。」
柳は小声でそう言うと、井上君を振り払って人混みの中へと入って行ってしまった。
「なんか、しょうもない人…。」
私がボソッと言うと、井上君が小さく笑った。
「あれでも浅井の1番の友達だったんだよ。」
――そんなのは過去形だ。
私は心の中で呟きながら、井上君と一緒に柳と逆方向へと歩き始めた。
その言葉は浅井君に届いたのだろうか。
ドーナツショップのレジに立っていた浅井君は、休憩が終わると私と同じテーブルに腰を下ろし、大きく溜息をついた。
「毎日朝早くから、大変じゃない?」
私が訊ねると、浅井君は「平気」と笑いながら少しだけ視線を逸らす。
彼の視線を辿って行くと、先日このフードコートで会った浅井君の同級生の1人がいた。
彼は壁際で何やら大柄なヤンキーに話しかけられている。
「柳だ…。」
浅井君はポツリと言って、ゆっくりと身を起こす。
「柳って?」
私が訊ねると、彼は「小中一緒だった奴」と答えた。
それから席を立つと、彼らの元へと歩いて行く。
私は咄嗟に立ち上がることもできず、椅子に座ったまま浅井君を見送ってしまった。
浅井君はエプロンのポケットからお金を取り出すと、ヤンキーに手渡す。
その枚数の多さは遠目からでも伝わって来て、私はギョッとした。
――井上君に返す為に貯めたお金じゃないの?
――よりによって、柳って浅井君のこと見捨てた男子なんでしょ?
何やら言い合いになった末、いきなりヤンキーが浅井君の腹部を殴りつけた。
ドッとざわめきが起こり、フードコートにいた家族連れが子どもを抱きかかえて逃げるようにその場を離れ始める。
私もようやく立ち上がって浅井君へと近寄った。
「俺はそこの眼鏡に用があるんだっつの。
店員が出て来るんじゃねーよ。」
ヤンキーの野太い声が耳に障る。
浅井くんは殴られた腹部を押さえながら、自分より背の高いヤンキーを見上げていた。
「俺の働いてる店の前でやられたら迷惑だから出てきたんだよ。
消えろデブ。」
負けじと言う浅井君の声に、私はギョッとする。
さらに逆上した相手が手を振り上げ、フードコート仲に悲鳴が上がるのとほぼ同時だった。
私の視界に井上君が映り込んだ。
鈍い音が響き渡り、浅井君と柳の2人を抱きかかえるようにして井上君が地面へとズルズルと崩れ落ちる。
騒ぎを聞きつけた警備員が走って来て、ヤンキーを取り押さえた。
「井上、お前余計なことするんじゃ…」
覆いかぶさっている井上君に強い口調で文句を言おうとして、浅井君はすぐに言葉を切る。
「大丈夫?井上」
浅井君の声に井上君はゆっくりと起き上がり、首を横に振った。
彼は浅井君に言葉をかける前に、もう1と、抱いていた男子へと視線を移した。
「柳は?怪我ない?」
井上君に聞かれ、柳は怯えたように肩を跳ね上がらせる。
「何で浅井と井上が出て来るんだよ…」
柳の震える声に浅井君は困ったように表情を浮かべて立ち上がる。
「なんでって…俺そこの店員だし…」
浅井君はドーナツショップを指さしてそう呟いてから、柳を見下ろす。
「それに柳は小学校時代の友達だし」
「友達って言っても…。
俺、バイクの時逃げたし、その上浅井の役に立つような金額だせなかったし…。
それにバイクを倒したの本当は…」
柳が次々と言葉を紡ごうとするのを、井上君が止める。
「いいよ、そういうの。」
なぁ?と同意を求められた浅井君は無言のまま頷いた。
「友達じゃなかったら、浅井は柳のことを庇ったりなんかしなかったんじゃないかな。
小6の時も、今も。」
井上君の言葉に柳が顔を引きつらせる。
浅井君も井上君も、バイクを倒した人が分かっていたのに、今日の今日までそれを口に出さずに過ごしていたのだ。
私も呆気にとられて彼らの顔を交互に見る。
「後は俺が1年働いて井上ん家の母さんたちに金返したら全部終わるし。
今更昔のこと蒸し返さなくたって…」
浅井君はそう言いながらちらりと柳の顔を見る。
そして小声で「お互いいいじゃん」と付け足した。
そんなあっさりと済む話なのだろうかと内心私は思ったけれど、口に出すことはやめておいた。
浅井君がバイトに戻り、私と井上君は柳と一緒にフードコートを出た。
カーペットの敷かれた廊下を歩きながら井上君が柳に聞いた。
「まだ浅井のこと許せない?」
黒のだて眼鏡を掛け直しながら、柳は無言だった。
井上君は少しだけ苛立ったような表情を浮かべて、柳の肩を掴んだ。
「浅井はお前のこと何度も許したのに、お前はまだ許さないのかって聞いてるんだよ、俺。」
柳は驚いたように井上君を凝視する。
「許すも何も…俺は浅井に悪かったなーって思ってたし。」
柳は小声でそう言うと、井上君を振り払って人混みの中へと入って行ってしまった。
「なんか、しょうもない人…。」
私がボソッと言うと、井上君が小さく笑った。
「あれでも浅井の1番の友達だったんだよ。」
――そんなのは過去形だ。
私は心の中で呟きながら、井上君と一緒に柳と逆方向へと歩き始めた。