・*不器用な2人*・
第33章/新学期
始業式が終わってすぐ、めぐちゃんが暗い顔付きのまま机に突っ伏した。
何事かと思い声をかけようとする私の代わりに、彼女の友人たちが机を取り囲む。
「めぐー、向こうだって勇気出して告ったんだからさ、ここはハッキリとイエスかノーで答えてあげないとさー。」
聞こえてきた言葉に私は思わず声をあげる。
めぐちゃんがむっくりと起き上がって不機嫌そうに私を見てから、「そうだけど…」と頬を掻いた。
放課後の教室で、めぐちゃんは低い声のまま「浅井君に告白された」と言った。
入学してから一目惚れだったのだからあっさり了承すればいいのに、めぐちゃんにとっては考えることが色々あるらしい。
「浅井君はいい人だよ。私、今でもちゃんとスイだよ。
でも……。」
そう言いながらめぐちゃんはまた机に突っ伏す。
「考えられないよ、浅井君と付き合っている自分なんて…。」
彼女がぼやいた時だった。
教室の扉が開いて、淳君が入って来た。
彼は会話が聞こえていたのか、驚いたようにめぐちゃんを凝視していた。
視線に気付いためぐちゃんは顔を上げ、同じくギョッとしたような表情を浮かべる。
「淳、今の聞こえてた?」
そう聞かれ、淳君はしばらく硬直していたが、やがて「別に」と首を振ると、机の上に置いてあった鞄を持ってさっさと教室を出て行こうとする。
慌てて立ち上がっためぐちゃんが、淳君の腕を掴んだ。
「やっぱり聞こえてたんじゃん!」
不機嫌に怒鳴られた淳君は、顔を引きつらせながら後ずさりをする。
花火の時も夏祭りの時も一緒に来た2人を見て、薄々勘付いてはいたけれど、やはり距離を縮めていたらしい。
「別にお前が誰に告白されようが誰と付き合おうが俺の知ったことではないし…。」
淳君はやや不機嫌にそう言うと、めぐちゃんを軽く振り払った。
彼は一瞬だけ私を見て、教室から出て行ってしまった。
「淳君のこと、好きなの?」
下駄箱で私が訊ねると、めぐちゃんは「はぁ!?」と大声を上げて、持っていた上履きを床へと落とす。
「そんなわけないでしょ…!!
私、ああいう男子が1番嫌いだし、それに私…淳の…」
そこまで言ってめぐちゃんは慌てて言葉を止める。
聞き直そうとした私に彼女は気まずそうな表情を浮かべて「誰にも言わない?」と訊ねてくる。
別に言う相手もいないので、私は普通に頷いた。
「淳の家庭事情とか怪我が、受け入れられそうにないっていうか…。
最初見た時本当にギョッとしちゃって、未だに怖いと思うの、あれ。」
そう聞いて、夏の間もずっと長袖で過ごしていた淳君のことを思い出す。
「それは私だってムリだけど…。
でも別に淳君はそんなことまで受け入れてもらおうとは思ってないんじゃない?」
私が苦笑いを浮かべながら言うと、めぐちゃんは首を左右に振った。
「全部理解したいの。
好きな人のことだったら全部。」
グラウンドの脇で素振りをしていた浅井君と梶君は、私を見るとバットを置いて芝生まで来てくれる。
「めぐちゃん、悩んでたよ。」
私が言うと、浅井君は「そっか」と笑いながら言った。
「OK出してもらえるなんて最初から思ってないよ。
いじめしてたような奴と付き合いたいなんて女の子なんているわけないし…」
浅井君が表情を曇らせるのを見て、慌てたように梶君が「そんなことないって!!」と少し大きな声で言った。
私も梶君に目配せをされ、何度もうなずく。
「浅井君はいい人だと思うよ!!
そんな理由でめぐちゃんが断るわけないよ!!」
私たちが騒いでいるのに気付いたのか、グラウンド奥でキャッチボールをしていた井上君と木山君が寄ってくる。
「大丈夫だよ、婿に行く先がなかったら俺の家に住めばいいんだから。」
井上君に肩を抱かれた浅井君が「絶対嫌だ!!」と怒鳴ると、集まってきた他の1年たちが面白がって囃し立てる。
賑やかな芝生を、通りがかった生徒たちが微笑ましそうに眺めていた。
新学期は、多少の難あれどそこそこいい雰囲気にスタートした。
「ということでー、Aクラスは文化祭で喫茶店をやることになりましたー!」
2学期の委員長になった猿渡さんは、明るい声でそう言うと、バン!!と黒板を大きく叩いた。
そこらから歓声が上がり、拍手が溢れる。
「でも、この教室狭いからさー、一応A棟とっておいてよ猿渡ちゃん。」
めぐちゃんが手を上げて大声で言うと、テンションを上げている生徒たちが更に歓声を上げる。
頬杖をついてボーッと黒板を眺めていた私は、文化祭の出し物の話なんて聞きながしながら、目の前にある空席について考えていた。
教室後方の鈴木君たちの席も空いている。
この組み合わせに嫌な予感しかしなかったけれど、当たり障り無く学生生活を送りたい私は、教室を抜け出して淳君を捜しに行くということは考えられなかった。
HRが終わってから。
Dクラスへ行くと、木山君が丁度出てくるところだった。
「どうしたの風野さん。何か用?」
明るく聞かれ、私は少しホッとしながら、「淳君がHRにいなかったから気になって」と答える。
木山君は笑顔を崩さないまま「へー」と言うと、私の横をすり抜けて行ってしまった。
――え……。
木山君に心当たりを聞こうとしていた私は、しばらく廊下に立ちつくしていた。
ボーッとその背中を見送っていると、不意に木山君が振り返った。
「プール、探してみたら?」
優しく言うと、彼は肩をすくめて今度こそ歩いて行ってしまった。
私は慌てて木山君の背中に向かってお礼を言って、校舎裏へと向かった。
何事かと思い声をかけようとする私の代わりに、彼女の友人たちが机を取り囲む。
「めぐー、向こうだって勇気出して告ったんだからさ、ここはハッキリとイエスかノーで答えてあげないとさー。」
聞こえてきた言葉に私は思わず声をあげる。
めぐちゃんがむっくりと起き上がって不機嫌そうに私を見てから、「そうだけど…」と頬を掻いた。
放課後の教室で、めぐちゃんは低い声のまま「浅井君に告白された」と言った。
入学してから一目惚れだったのだからあっさり了承すればいいのに、めぐちゃんにとっては考えることが色々あるらしい。
「浅井君はいい人だよ。私、今でもちゃんとスイだよ。
でも……。」
そう言いながらめぐちゃんはまた机に突っ伏す。
「考えられないよ、浅井君と付き合っている自分なんて…。」
彼女がぼやいた時だった。
教室の扉が開いて、淳君が入って来た。
彼は会話が聞こえていたのか、驚いたようにめぐちゃんを凝視していた。
視線に気付いためぐちゃんは顔を上げ、同じくギョッとしたような表情を浮かべる。
「淳、今の聞こえてた?」
そう聞かれ、淳君はしばらく硬直していたが、やがて「別に」と首を振ると、机の上に置いてあった鞄を持ってさっさと教室を出て行こうとする。
慌てて立ち上がっためぐちゃんが、淳君の腕を掴んだ。
「やっぱり聞こえてたんじゃん!」
不機嫌に怒鳴られた淳君は、顔を引きつらせながら後ずさりをする。
花火の時も夏祭りの時も一緒に来た2人を見て、薄々勘付いてはいたけれど、やはり距離を縮めていたらしい。
「別にお前が誰に告白されようが誰と付き合おうが俺の知ったことではないし…。」
淳君はやや不機嫌にそう言うと、めぐちゃんを軽く振り払った。
彼は一瞬だけ私を見て、教室から出て行ってしまった。
「淳君のこと、好きなの?」
下駄箱で私が訊ねると、めぐちゃんは「はぁ!?」と大声を上げて、持っていた上履きを床へと落とす。
「そんなわけないでしょ…!!
私、ああいう男子が1番嫌いだし、それに私…淳の…」
そこまで言ってめぐちゃんは慌てて言葉を止める。
聞き直そうとした私に彼女は気まずそうな表情を浮かべて「誰にも言わない?」と訊ねてくる。
別に言う相手もいないので、私は普通に頷いた。
「淳の家庭事情とか怪我が、受け入れられそうにないっていうか…。
最初見た時本当にギョッとしちゃって、未だに怖いと思うの、あれ。」
そう聞いて、夏の間もずっと長袖で過ごしていた淳君のことを思い出す。
「それは私だってムリだけど…。
でも別に淳君はそんなことまで受け入れてもらおうとは思ってないんじゃない?」
私が苦笑いを浮かべながら言うと、めぐちゃんは首を左右に振った。
「全部理解したいの。
好きな人のことだったら全部。」
グラウンドの脇で素振りをしていた浅井君と梶君は、私を見るとバットを置いて芝生まで来てくれる。
「めぐちゃん、悩んでたよ。」
私が言うと、浅井君は「そっか」と笑いながら言った。
「OK出してもらえるなんて最初から思ってないよ。
いじめしてたような奴と付き合いたいなんて女の子なんているわけないし…」
浅井君が表情を曇らせるのを見て、慌てたように梶君が「そんなことないって!!」と少し大きな声で言った。
私も梶君に目配せをされ、何度もうなずく。
「浅井君はいい人だと思うよ!!
そんな理由でめぐちゃんが断るわけないよ!!」
私たちが騒いでいるのに気付いたのか、グラウンド奥でキャッチボールをしていた井上君と木山君が寄ってくる。
「大丈夫だよ、婿に行く先がなかったら俺の家に住めばいいんだから。」
井上君に肩を抱かれた浅井君が「絶対嫌だ!!」と怒鳴ると、集まってきた他の1年たちが面白がって囃し立てる。
賑やかな芝生を、通りがかった生徒たちが微笑ましそうに眺めていた。
新学期は、多少の難あれどそこそこいい雰囲気にスタートした。
「ということでー、Aクラスは文化祭で喫茶店をやることになりましたー!」
2学期の委員長になった猿渡さんは、明るい声でそう言うと、バン!!と黒板を大きく叩いた。
そこらから歓声が上がり、拍手が溢れる。
「でも、この教室狭いからさー、一応A棟とっておいてよ猿渡ちゃん。」
めぐちゃんが手を上げて大声で言うと、テンションを上げている生徒たちが更に歓声を上げる。
頬杖をついてボーッと黒板を眺めていた私は、文化祭の出し物の話なんて聞きながしながら、目の前にある空席について考えていた。
教室後方の鈴木君たちの席も空いている。
この組み合わせに嫌な予感しかしなかったけれど、当たり障り無く学生生活を送りたい私は、教室を抜け出して淳君を捜しに行くということは考えられなかった。
HRが終わってから。
Dクラスへ行くと、木山君が丁度出てくるところだった。
「どうしたの風野さん。何か用?」
明るく聞かれ、私は少しホッとしながら、「淳君がHRにいなかったから気になって」と答える。
木山君は笑顔を崩さないまま「へー」と言うと、私の横をすり抜けて行ってしまった。
――え……。
木山君に心当たりを聞こうとしていた私は、しばらく廊下に立ちつくしていた。
ボーッとその背中を見送っていると、不意に木山君が振り返った。
「プール、探してみたら?」
優しく言うと、彼は肩をすくめて今度こそ歩いて行ってしまった。
私は慌てて木山君の背中に向かってお礼を言って、校舎裏へと向かった。