・*不器用な2人*・
第36章/確執
昼に私とめぐちゃんが店番をやっている時だった。

準備室でお茶の追加をしていると、店が混んで来たのか接客に出ていた子に呼ばれた。

エプロンを付けてお店へと出て行き、私の血の気はサッと引いた。

「うわー、やっぱりいたー。
この教室だったか。」

化粧っ気のない膝下スカートの女子3人は、眉間に皺を寄せながらクスクスと笑う。

先日本屋で絡んできた、城下の生徒たちだった。

「ねぇ綾瀬ちゃんって今彼氏とかいるの?
もしかしてこの前のあれって彼氏なの?」

急に伸ばされてきた手にギョッとして私は慌てて後ずさる。

丁度通りがかった鈴木君の肩にぶつかってしまい、彼は低い声で「痛っ」と呟いた。

鈴木君は私を軽く睨んでから城下の3人へと視線を移す。

「何このブス、客?」

彼は3人を指さしながら私を振り返る。

不断ならなかなか見られない真顔に私は内心驚きながらも首を縦に振った。

「ダッサ。」

彼はそう言いながらサッサとお店を出て行ってしまった。




鈴木君の背中を見送った3人の表情が一気に険しくなった。

「綾瀬ちゃんはさー、見た目がいいから共学だとちやほやされるんだよねー。
見た目さえよければ男子も可愛がってくれるもんねー。」

生温かい声で言われ、私はムッとする。

「別に彼氏とかいないし。
普段は男子とも仲良くしてない。」

入口で言い合いになっている私たちを、店内にいる生徒たちがジッと見ている。

めぐちゃんが駆け寄って来て、私の肩を掴んだ。

「いい加減にしてよ。
なんだかよく分かんないけど、あんたたちのその喋り方超腹立つ。」

めぐちゃんが怒鳴ると、他のAクラスの生徒たちも慌てたように駆け寄って来た。

「喋り方が腹立つって…何言っちゃってるのこの人。」

「さっすがバカ高校の生徒だよね。意味分かんない。」

完全にキレた城下3人の語調が荒くなった。

1番背の高い生徒が私の顔面を指さす。

「あんたたちは知らないだろうけど?
こいつ中学の時ホンット感じ悪くてクラス全員から嫌われてたんだよ。」

本屋でも同じようなことを言われた。

感じが悪かった、私が彼女たちを見下していた…。
彼女たちの記憶の中での私は、相当最悪な人物のようで、私が今更訂正したところでそれは変わることがないようで。

諦めるしかないのだと分かっていた。

この話は私から折れて終わらせよう…。

そう思った時だった。

「中学の時はそうだったとしても。
風野は変わったんだよ。」

誰かから聞いたのだろうか。
走って店へと入って来た梶君が、静かな声でそう言った。




「高校に入った時、風野は何の面白みもなかったし、クラスにとけ込めてなかったし、男子と話すようなことなんてまったくできないような奴だったよ。
中学時代のいじめがよっぽど陰湿だったんだろうなって察することができる程。」

見上げると、梶君と目が合った。

彼は無表情のまますぐ視線を逸らす。

「でも、今ではたくさんの友達に囲まれて、みんなから信頼されてる。
他人の気持ちを考えられるし、公正な振る舞いができるし、他人を不快にするようなことは絶対にしない。

だから、君たちの知ってる風野綾瀬はもうこの教室にはいないと思うよ。」

梶君に笑いかけられた3人は、気まずそうな表情を浮かべて互いに顔を見合わせていた。

私がずっと彼女たちに感じていた苛立ちが何だったのか、梶君の言葉で分かったような気がした。

どうして中学の時の私を彼女たちが未だに引き摺っているのか、私には理解できなかったんだ。

私は成長したのに、どうしてかつての自分と同一視されているのかが。




教室を出て行こうとする彼女たちを、私は慌てて呼び止めた。

「反省してないって…私がまだ自分の悪いところを直してないって…前に言っていたよね。」

私の言葉に3人は苦い表情のまま「だから?」と高飛車な声で返して来る。

「私は、みんなのような性格の悪い人の為に反省しようなんて思わないけど。
あの時こうしていたら…って卒業してからもずっと考えて、後悔はしてた。」

皺の寄っていた3人の表情が、少しだけほどけるのが見ていて分かった。

どうしたらよかったのか、自分の何がいけなかったのか。

当然のように考えていた。

学校へ行けなかった時期、毎日ベッドの中で答えが出るわけでもないのに考え続けていた。

「どうしたらまたみんなと仲良くなれるかとか。
どうしたら許してもらえるかとか。
たくさん考えたつもり。
でも、足りなかったかな、それだけじゃ。」




かつて一緒にお弁当を食べて、イヤホンを分け合って音楽を聴いて、お菓子を交換して、放課を共に過ごした人たち。

当時は大好きで本当に大切に思っていたのにどうして心が離れてしまったのか。

どうしてこんなに嫌われてしまったのか。

自分に原因があるなんてことは分かっていた。

私は淳君のように我慢ができない。

人を許すことも簡単にはできない。

だからこそ、2度とあんな悲しい思いをしないように、この高校で必死に背伸びを続けてきた。

「見下してなんかいなかったし、どちらかというと、私はずっとみんなのこと見上げていたよ。」

一緒に映画を観たかった、その気持ちを素直に伝えられたら、私の中学時代は綺麗に終わる気がした。

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