・*不器用な2人*・
第39章/Aクラス
体育祭までは各競技の練習ばかりで、まともな授業はなかった。

お遊戯競技にしかでない私は、第2グラウンドの近くにある休憩場で屋上メンバーと一緒にいつも通りくつろいでいた。

「Aクラスー、Aクラス一旦全員集合しなさいー」

スピーカーを持った先生が音割れを気にせずに怒鳴ったのは、リレーの練習が始まる直前のことだった。

私とめぐちゃんは慌てて立ち上がって先生の元へと走って行く。

アナウンスから1分で集まったのは、クラスの半分にも満たない生徒ばかりだった。

「体育祭の練習も授業の一環なんです。
このままだと練習にもならないから、みんなで手分けして残りの生徒を捜して来なさい。」

先生が言うと、猿渡さんが集まった生徒たちを見渡した。

「女子3人は生理痛で保健室だから、あつめなくていいよ。
鈴木君のグループがいないから、あの人たちを探してきた方がいいよね。」

鈴木君、という名前に集まった生徒たちが次々と顔を顰めるのが分かった。



廊下を歩きながらケータイを触る。

ワンコールで淳君に電話は通じた。

「先生が怒ってるから、できればグラウンドに集まって欲しいんだけど、今どこ?」

誰かと一緒というわけではないらしい。

妙な静寂の中、淳君の声は反響して受話器に届いて来る。

『旧校舎だけど…具合悪いから休むって言っておいて。』

少し心配になり、「大丈夫?」と言いかけた時だった。

曲がり角で人とぶつかった。

弾みでケータイが手から滑り落ち、通話が途切れる。

私が慌ててケータイを拾う前に、正面にいた男子がしゃがみこんで拾ってくれた。

「ごめんなさい有難う御座います!!」

早口にそう言って彼からケータイを受け取り、私はハッとした。

私を見上げて「どうも」と答えたのは、あの鈴木君だった。

目つきが悪く背が無駄に高く、金髪をいつもオールバックにしていて素行も最悪な鈴木君。

以前だったら走って逃げるところだったけれど、文化祭で数回言葉を交わした手前、そんなことはできなかった。

動けずにいる私を鈴木君も座ったままジッと睨んでいたが、やがて「何してるの?」と低い声で訊ねて来た。

「Aクラスの生徒が半分以上サボってるから、全員連れ戻してこいって先生が…」

肝心な時に言葉は詰まってしまう。

自分でも聞き辛いくらいつっかえつっかえ喋る私を、鈴木君は怪訝そうな表情で見ていたが、途中で遮ったり茶化したりすることはなかった。

「うん、分かった。
グラウンドに行けばいい?」

私が口を噤むと、彼はゆっくりと立ち上がりながら言う。

私はすぐに首を縦に振った。




裸足のままのせいで、廊下にはぺたぺたと子どものような足音が響いている。

20近い身長差のせいか、隣りを鈴木君が歩いていると妙に落ち着かない。

「そう言えば、さっき電話してたよね。
かけ直さなくてよかったの?」

急にぼそりと言われ、私は慌てて彼を見上げた。

「うん、一応…かけ直す必要はないと思う。」

鈴木君は、私があの時淳君と電話をしていたということを知っているのだろうか。

――どうしていじめなんてするんだろう。

ずっと淳君に酷いことばかりしていて、クラスメートからも怖がられていたのに、文化祭の時は私のことを心配してくれた。

同じクラスになってもう随分と経つのに、私は彼がどういう人なのかまったく知らない。




「木山淳…」

鈴木君の言葉にハッとした。

鈴木君は私の方を見ずに話を続ける。

「あいつもサボってるの?」

通話相手を気付かれたのだと分かり、少しばかり背筋がひやりとしたものの、私は素直に頷くことにした。

「サボリっていうか…具合悪いみたい。」

私が言うと、鈴木君は視線を私へと動かした。

「あいつ、もしかして体弱いの?」

そう言われ、私は記憶を辿ってしまった。

「多分、そうなんじゃないかな…」

私の曖昧な答えに鈴木君は眉間に皺を寄せる。

「多分って何。」

鈴木君の言葉に私は首を傾げながら「だって多分だから…」と呟く。

「淳君は、具合悪い時とか辛い時とかでも全然態度に出さないし、そういう時は1人で何処か行っちゃうから。
私には分からない。」

そう答えてからなんだか悲しくなってしまった。

廊下を抜けて校舎から出ると、鈴木君から低い声で名前を呼ばれた。

慌てて振り返ると、彼はポケットに手を突っ込んで怠そうに私を眺めていた。

「メアド、よかったら教えて。」

一瞬呆気にとられてしまった。

何で?と思わず聞き返しそうになるのを必死に堪えて、私は首を横に振った。

「今、ケータイとめられてるんだ!ごめんね!」

咄嗟についた嘘はあまりにもバレバレで、鈴木君は苦い顔をしながら「あっそ」と呟くと、髪を掻きながら先に行ってしまった。




昼休みにめぐちゃんと教室へと戻る途中。

鈴木君の友人が声を掛けてきた。

見るからにガラが悪く、あまり話したくないタイプの男子だ。

横にいためぐちゃんも顔を顰める。

「風野さんって彼氏いるの?」

軽い口調で言われ、私は視線を泳がせる。

「なんで、ですか。」

そう言うと、男子は笑いながら「いいからいいから!」と言って来る。

できれば梶君と付き合っていることは公言したくなかった。

「イエスかノーで答えちゃってよ!」

歯痒そうにそう言われ、私は渋々「イエス」と答えた。

「えー、じゃあさ、他の奴と付き合う気はないの?」

そう聞かれムッとしたが、私より先にめぐちゃんが男子の胸ぐらを掴んでいた。

「当たり前でしょ!?
彼氏いるのに他の男子と付き合うとか有り得ないじゃん!!」

男子はギョッとしてめぐちゃんを凝視していたが、やがてヘラヘラと笑いながら「そっかそっか、ごめんねー」と早口に言った。

そそくさと去って行く男子を見送りながらめぐちゃんが「何アレ」と小声で呟いた。




昼休み終了後、グラウンドへ行くと、鈴木君たちと体育の担当の先生が言い合いになっているところだった。

ウンザリしたような表情を浮かべていたクラスメートたちは、私とめぐちゃんに気付くと手招きをしてくれる。

「鈴木たちがさー、半袖半ズボンでやるなんて嫌だって言い出して練習にならないんだよねー。」

先生に向かって大人げなく怒鳴っている鈴木君たちは、長ズボンを着用していた。

「まぁ確かに寒いし、気持ちは分からなくもないんだけどね。」

猿渡さんが笑いながらそう言って、ストレッチを始める。

Aクラスは何のまとまりもないまま、結局練習もまともに行われることがなかった。

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