・*不器用な2人*・
第45章/遊園地デート
郊外にある遊園地はほとんど人がいなかったものの、クリスマスモードになっていた。
入口で1日パスポートを買う為に財布を取り出した時だった。
「高校生2名」
隣りから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私と梶君はほぼ同時に振り返り、持っていた財布を地面へと落とした。
隣りの窓口でパスポートを買っていた浅井君と井上君は驚いたように私たちを振り返って、それから笑顔でヒラヒラと手を振ってきた。
「奇遇だね」
浅井君に言われ、おずおずと私は頭を下げる。
「お前らクリスマスに男2人で遊園地って……」
梶君の言葉に浅井君は肩をすくめる。
「バイトが休みだったから、久し振りに井上と遊ぼうと思って」
そう言って、浅井君は井上君を見上げ、同意を求める。
井上君も無表情のまま頷いた。
浅井君たちとは一緒に回るという話はなかったけれど、時々彼等が視界に入った。
井上君が浅井君の腕を引っ張って歩く姿はなかなか珍しかったけれど、友達2人で遊びに来たと言ってもおかしくない程、井上君と浅井君は自然に見えた。
「あのメリーゴーランド、馬じゃなくてイルカだ」
急に立ち止まった梶君が、ひときわ大きく音楽を響かせているメリーゴーランドを指さした。
冬には少し寒々しすぎるほど青で統一された乗り物は、確かに珍しかった。
「あれ乗りたいな」
私が言うと、梶君は私の腕を掴んで引っ張って行ってくれる。
係員さんにパスポートを見せると、チェーンを下ろして中へと入れて貰えた。
貝殻の形をした上下に揺れない椅子を選び、向かい合って腰を下ろす。
「私、小さい頃からメリーゴーランドは椅子にしか座ったことないんだ」
私の言葉に梶君は「なんで」と驚いたように言う。
「埋まってなんだか不安定だから、スピードが上がると落ちそうで怖いじゃん」
出発のベルが鳴る。
梶君は「何その理由、可愛い」と笑いながら言って、背もたれにもたれた。
流行の音楽と共に少しずつメリーゴーランドは速度を増していく。
柵の外に広がる遊園地を私はボーッと眺めていた。
「クリスマスに彼氏と2人で過ごすなんて、小学生の時の私には想像もつかないことだよ」
フッと幼い頃のクリスマスを思い出す。
クリスマスだからといって何処かへ遊びに行くわけでもなく、いつものように朝から夕方まで勉強をする。
夕方は七面鳥やクリスマスケーキが出され、その際に父からプレゼントをもらっていた。
家から一歩も出ない、そんな行事だった。
「小学生時代の俺も、数年後に風野とクリスマスを過ごすなんて思ってもなかった」
梶君は笑いながらそう言うと、柵の外へと目をやる。
「友達がたくさんできて、常に誰かが一緒にいてくれる毎日。
子どもの頃からずっと憧れてた」
梶君の言葉に、私は小さく頷いた。
過去の自分にもしも会えるのなら、一言だけ行ってあげたい。
「大丈夫だよ」って。
辛い小学校・中学校生活が終わったら、私は幸せになるのだから。
メリーゴーランドが止まると、私たちは外へと下りる。
「次、どれに乗ろう?」
私がそう言い出す前に、梶君がしゃがみこんだ。
何事か見下ろす私に、彼は笑いながら「目回った」と言う。
――そう言えば……。
私がフッと思い出したのは、小6の時のことだった。
昼休みに男子たちが教室の後ろでプロレスごっこをしていた時。
体重の軽い梶君はクラス1大柄な男子にジャイアントスイングをやられて目を回し、1時間保健室で寝ていた。
そのことを梶君に言うと、彼は覚えていなかったのか、座ったまま「え、嘘」と顔を上げた。
「俺、小学生の時そんなにバカだった?」
そう聞かれ、私は失礼も承知で頷いた。
「バカというか無邪気だったよ」
私の言葉に梶君は肩を落とす。
「ていうか、よく覚えてたね、そんなこと」
私自身も不思議だった。
誰とも関わらなかった小学生時代なのに、梶君のことばかりハッキリと覚えているなんて。
屋台でクレープを買って、少し早めの昼食にした。
ベンチに腰を下ろして、黙々とクレープを食べる梶君を横目で見る。
最近は明るくなったけれど、無意識の時は少しだけ雰囲気が固くて、表情も大人っぽい。
ジッと見とれていると、視線に気付いた梶君は此方に目を向ける。
「どうかした?俺の顔、何かついてる?」
私は慌てて首を横に振り、自分のクレープを食べ始める。
園内の時計は丁度12時を指す頃だった。
淳君と木山君は今頃どうしているだろうかと一瞬だけ考えてしまった。
「木山兄弟には元旦に会えると思うよ」
私の頭の中を覗いたのか、梶君がポツリと言う。
私は元旦が急に待ち遠しくなってしまった。
陽が暮れかける頃、私たちは観覧車に乗り込んだ。
少しずつ小さくなっていく園内を見下ろした時、幸せの意味を初めて知ったような気がした。
「梶君」
私が呼びかけると、正面に座っていた梶君が「ん?」と首を傾げた。
「大好き」
そう言うと、彼は一瞬驚いたように目を見開いてから、慌てたように俯いた。
「何、突然……」
そう良いながら彼は顔を片手で覆う。
その口元が少しだけ笑っているのを見て、私もつられて笑ってしまった。
普段なら絶対に口にしないことだったけれど、クリスマスの今日なら言ってもいいような気がした。
「風野は、小学生の時の俺のこと、覚えてるの?」
そう聞かれ、私はすぐに頷く。
「ジャイアントスイング以外のエピソードも結構あるけど、聞きたい?」
私が笑いながら言うと、梶君はブンブンと首を横に振る。
小学生の頃は、今の梶君からは想像もつかないような面白エピソードがたくさんあった。
私は教室の隅で本を読みながら、横目でそのほとんどを見ていた気がする。
いつも数人の友達と一緒にはしゃいでいる彼はとても楽しそうで、私はそんな梶君のことがそれなりに好きだった。
「いいよな、風野は小学生の時やらかしてなくて」
そう苦い顔で言われ、私は胸を張る。
「当時から賢かったからね、私」
2人で顔を見合わせてまた笑い合った時だった。
少しだけ視線を浮かせた梶君が、「あ」と声をあげた。
私は慌てて後ろを振り返り、一瞬目を疑った。
降りて行くゴンドラの中が、ちらりと見えた。
そこには浅井君と猪井植君が乗っていて、彼等は互いの肩と腰に手を回して、
「キス、してた…?」
梶君の言葉に、私はおずおずと頷く。
どちらも顔はハッキリと見えなかったけれど、恐らくしていたと思う。
梶君は慌てたように視線を床へと落とす。私も気まずくなって視線を逸らした。
「知らなかった。てっきりネタかとばかり……」
梶君の言葉に私も同意してしまった。
先日、「浅井に会いたくない」と井上君が言っていたけれど、まさかこんなことに発展しているだなんて思ってもいなかった。
「知らないフリ、しておいた方がいいよね」
私が言うと、梶君もちいさく頷いた。
観覧車が少しずつ上がって行き、やがて1番上へと着いた時。
園内の木々にパッと明かりが灯った。
時計が6時をさしていた。
イルミネーションの始まる時間帯だったらしい。
「風野、この観覧車も光ってる」
梶君に言われ、私は窓から他のゴンドラを観る。
取り付けられたチューブが様々な色をともしているところだった。
「すごい……」
普通ならこういうムードの時は抱き合ったり改まって告白をしたりするんだろうな……。
そう重いながらも私たちは窓に張り付いて、明かりを灯した園内をジッと眺めていた。
「来年のクリスマスも、一緒に過ごしたいね」
私が言うと、梶君も小声で「うん」と呟いた。
入口で1日パスポートを買う為に財布を取り出した時だった。
「高校生2名」
隣りから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私と梶君はほぼ同時に振り返り、持っていた財布を地面へと落とした。
隣りの窓口でパスポートを買っていた浅井君と井上君は驚いたように私たちを振り返って、それから笑顔でヒラヒラと手を振ってきた。
「奇遇だね」
浅井君に言われ、おずおずと私は頭を下げる。
「お前らクリスマスに男2人で遊園地って……」
梶君の言葉に浅井君は肩をすくめる。
「バイトが休みだったから、久し振りに井上と遊ぼうと思って」
そう言って、浅井君は井上君を見上げ、同意を求める。
井上君も無表情のまま頷いた。
浅井君たちとは一緒に回るという話はなかったけれど、時々彼等が視界に入った。
井上君が浅井君の腕を引っ張って歩く姿はなかなか珍しかったけれど、友達2人で遊びに来たと言ってもおかしくない程、井上君と浅井君は自然に見えた。
「あのメリーゴーランド、馬じゃなくてイルカだ」
急に立ち止まった梶君が、ひときわ大きく音楽を響かせているメリーゴーランドを指さした。
冬には少し寒々しすぎるほど青で統一された乗り物は、確かに珍しかった。
「あれ乗りたいな」
私が言うと、梶君は私の腕を掴んで引っ張って行ってくれる。
係員さんにパスポートを見せると、チェーンを下ろして中へと入れて貰えた。
貝殻の形をした上下に揺れない椅子を選び、向かい合って腰を下ろす。
「私、小さい頃からメリーゴーランドは椅子にしか座ったことないんだ」
私の言葉に梶君は「なんで」と驚いたように言う。
「埋まってなんだか不安定だから、スピードが上がると落ちそうで怖いじゃん」
出発のベルが鳴る。
梶君は「何その理由、可愛い」と笑いながら言って、背もたれにもたれた。
流行の音楽と共に少しずつメリーゴーランドは速度を増していく。
柵の外に広がる遊園地を私はボーッと眺めていた。
「クリスマスに彼氏と2人で過ごすなんて、小学生の時の私には想像もつかないことだよ」
フッと幼い頃のクリスマスを思い出す。
クリスマスだからといって何処かへ遊びに行くわけでもなく、いつものように朝から夕方まで勉強をする。
夕方は七面鳥やクリスマスケーキが出され、その際に父からプレゼントをもらっていた。
家から一歩も出ない、そんな行事だった。
「小学生時代の俺も、数年後に風野とクリスマスを過ごすなんて思ってもなかった」
梶君は笑いながらそう言うと、柵の外へと目をやる。
「友達がたくさんできて、常に誰かが一緒にいてくれる毎日。
子どもの頃からずっと憧れてた」
梶君の言葉に、私は小さく頷いた。
過去の自分にもしも会えるのなら、一言だけ行ってあげたい。
「大丈夫だよ」って。
辛い小学校・中学校生活が終わったら、私は幸せになるのだから。
メリーゴーランドが止まると、私たちは外へと下りる。
「次、どれに乗ろう?」
私がそう言い出す前に、梶君がしゃがみこんだ。
何事か見下ろす私に、彼は笑いながら「目回った」と言う。
――そう言えば……。
私がフッと思い出したのは、小6の時のことだった。
昼休みに男子たちが教室の後ろでプロレスごっこをしていた時。
体重の軽い梶君はクラス1大柄な男子にジャイアントスイングをやられて目を回し、1時間保健室で寝ていた。
そのことを梶君に言うと、彼は覚えていなかったのか、座ったまま「え、嘘」と顔を上げた。
「俺、小学生の時そんなにバカだった?」
そう聞かれ、私は失礼も承知で頷いた。
「バカというか無邪気だったよ」
私の言葉に梶君は肩を落とす。
「ていうか、よく覚えてたね、そんなこと」
私自身も不思議だった。
誰とも関わらなかった小学生時代なのに、梶君のことばかりハッキリと覚えているなんて。
屋台でクレープを買って、少し早めの昼食にした。
ベンチに腰を下ろして、黙々とクレープを食べる梶君を横目で見る。
最近は明るくなったけれど、無意識の時は少しだけ雰囲気が固くて、表情も大人っぽい。
ジッと見とれていると、視線に気付いた梶君は此方に目を向ける。
「どうかした?俺の顔、何かついてる?」
私は慌てて首を横に振り、自分のクレープを食べ始める。
園内の時計は丁度12時を指す頃だった。
淳君と木山君は今頃どうしているだろうかと一瞬だけ考えてしまった。
「木山兄弟には元旦に会えると思うよ」
私の頭の中を覗いたのか、梶君がポツリと言う。
私は元旦が急に待ち遠しくなってしまった。
陽が暮れかける頃、私たちは観覧車に乗り込んだ。
少しずつ小さくなっていく園内を見下ろした時、幸せの意味を初めて知ったような気がした。
「梶君」
私が呼びかけると、正面に座っていた梶君が「ん?」と首を傾げた。
「大好き」
そう言うと、彼は一瞬驚いたように目を見開いてから、慌てたように俯いた。
「何、突然……」
そう良いながら彼は顔を片手で覆う。
その口元が少しだけ笑っているのを見て、私もつられて笑ってしまった。
普段なら絶対に口にしないことだったけれど、クリスマスの今日なら言ってもいいような気がした。
「風野は、小学生の時の俺のこと、覚えてるの?」
そう聞かれ、私はすぐに頷く。
「ジャイアントスイング以外のエピソードも結構あるけど、聞きたい?」
私が笑いながら言うと、梶君はブンブンと首を横に振る。
小学生の頃は、今の梶君からは想像もつかないような面白エピソードがたくさんあった。
私は教室の隅で本を読みながら、横目でそのほとんどを見ていた気がする。
いつも数人の友達と一緒にはしゃいでいる彼はとても楽しそうで、私はそんな梶君のことがそれなりに好きだった。
「いいよな、風野は小学生の時やらかしてなくて」
そう苦い顔で言われ、私は胸を張る。
「当時から賢かったからね、私」
2人で顔を見合わせてまた笑い合った時だった。
少しだけ視線を浮かせた梶君が、「あ」と声をあげた。
私は慌てて後ろを振り返り、一瞬目を疑った。
降りて行くゴンドラの中が、ちらりと見えた。
そこには浅井君と猪井植君が乗っていて、彼等は互いの肩と腰に手を回して、
「キス、してた…?」
梶君の言葉に、私はおずおずと頷く。
どちらも顔はハッキリと見えなかったけれど、恐らくしていたと思う。
梶君は慌てたように視線を床へと落とす。私も気まずくなって視線を逸らした。
「知らなかった。てっきりネタかとばかり……」
梶君の言葉に私も同意してしまった。
先日、「浅井に会いたくない」と井上君が言っていたけれど、まさかこんなことに発展しているだなんて思ってもいなかった。
「知らないフリ、しておいた方がいいよね」
私が言うと、梶君もちいさく頷いた。
観覧車が少しずつ上がって行き、やがて1番上へと着いた時。
園内の木々にパッと明かりが灯った。
時計が6時をさしていた。
イルミネーションの始まる時間帯だったらしい。
「風野、この観覧車も光ってる」
梶君に言われ、私は窓から他のゴンドラを観る。
取り付けられたチューブが様々な色をともしているところだった。
「すごい……」
普通ならこういうムードの時は抱き合ったり改まって告白をしたりするんだろうな……。
そう重いながらも私たちは窓に張り付いて、明かりを灯した園内をジッと眺めていた。
「来年のクリスマスも、一緒に過ごしたいね」
私が言うと、梶君も小声で「うん」と呟いた。