・*不器用な2人*・
「日野さんの代わりってことは、知ってるつもりだし」
井上君が低い声で呟く。
彼もまた不機嫌になってしまったのだと分かり、私はゾッとする。
「そうだとしても浅井のことをフッた日野さんには関係のないことだ」
井上君は自分の胸ぐらを掴んでいるめぐちゃんの手に自分の手を重ねて引き離す。
猿渡さんといい井上君といい、普段おっとりしている人ほど怒ると怖い。
「2人とも、やめようよ……」
私がそう言おうとした時だった。
「何これ、修羅場?」
大きな声が私の言葉をさえぎった。
慌てて振り返ると、フェンスの向こうにイチゴオレのパックを持った木山君が立っていた。
この寒い中シャツにカーディガンという有り得ないほどの薄着だ。鞄を持っていないあたり、まだ下校する訳ではないのだろう。
井上君は慌てたように木山君に向き直り、「そんなことないよ」と小声で言った。
木山君はフェンスに手を掛けたまま、此方に入って来ようとはしない。
あまり深入りしたくないという本音が、彼の表情に透けて見えた気がした。
「木山君、今日は部活出るの?」
不機嫌なままのめぐちゃんに聞かれ、片眼を髪で覆ったままの木山君は笑いながら「欠席」と答える。
「私も部長も欠席理由まともに聞いたことないんだけど…」
めぐちゃんに言われても木山君は表情を崩さず「教えてないもんねー」とおちょくるように笑う。
「めぐちゃん、木山君も忙しいんだし…それはまた今度で良いんじゃないかな」
私が横からそう言うと、めぐちゃんは黙ったものの、木山君を睨み付けたままでいた。
「浅井が呼んでたよ、早く行ったら」
そう言って立ち去ろうとする木山君を、めぐちゃんが慌てたように呼び止めた。
「私、そうやっていつも平然としてる木山君のこと、大嫌いなんだけど」
足を止めて振り返った木山君は、めぐちゃんではなく私へと視線を逸らしていた。
「俺も、自分の思い通りにならないとすぐに怒るめぐのことは嫌いだよ」
めぐちゃんはフェンスの前まで歩いて行って、木山君を正面から睨み付けた。
木山君もジュースを口から離して彼女を見下ろす。
「あんたみたいな奴に嫌いとか言われたくない。他のみんながどれだけ心配してても、自分のことなのに他人事みたいに振る舞ったりして…。
結局木山君は私たちのことなんてなんとも思ってないんでしょ」
めぐちゃんの言葉を聞きながら木山君はまた私へと視線を泳がせて来る。
「うん、思ってない」
めぐちゃんがフェンスから手を伸ばし、木山君のネクタイを掴んだ。
木山君は一瞬で表情を崩し、慌てたようにフェンスから飛び退く。
彼の手からジュースパックが滑り落ち、コンクリートの地面へと落下して弾む。
パックが破れて地面へとジュースが流れていくのを茫然と眺めていた木山君は、やがてハッとしたようにめぐちゃんを見た。
「急に何するんだよ、ブス!」
先程までの涼しげな声と打って変わった荒々しい怒鳴り方に、めぐちゃんの肩が跳ね上がる。
「次やったら殺すぞ」
木山君は低い声で呟いてめぐちゃんを睨み付けた。
慌ててフェンスを乗り越えて、木山君を追いかけた。
背中に向かって名前を呼ぶと、彼はすぐ立ち止まって振り返ってくれる。
不機嫌を包み隠さず「何」と言われてしまい、私は一瞬言葉に詰まった。
ずっと前髪を触っているのを見て、彼が先ほどのことに動揺しているということは何となくわかった。
「大丈夫かなって思って…」
私が言うと、木山君は眉根に皺を寄せた。
「大丈夫じゃないから1人にして欲しいんだけど」
返す言葉を私が考える間もなく、木山君は続ける。
「誰かに傍にいてもらえるとか寄り添ってもらえるとか、そういうこと全然期待してないから、俺。
なんか風野さんたちのテンションって怠いね」
木山君はしばらく私の反応を窺っていたけれど、私が何も言葉を返せないでいると、そのまま立ち去って行ってしまった。
井上君が低い声で呟く。
彼もまた不機嫌になってしまったのだと分かり、私はゾッとする。
「そうだとしても浅井のことをフッた日野さんには関係のないことだ」
井上君は自分の胸ぐらを掴んでいるめぐちゃんの手に自分の手を重ねて引き離す。
猿渡さんといい井上君といい、普段おっとりしている人ほど怒ると怖い。
「2人とも、やめようよ……」
私がそう言おうとした時だった。
「何これ、修羅場?」
大きな声が私の言葉をさえぎった。
慌てて振り返ると、フェンスの向こうにイチゴオレのパックを持った木山君が立っていた。
この寒い中シャツにカーディガンという有り得ないほどの薄着だ。鞄を持っていないあたり、まだ下校する訳ではないのだろう。
井上君は慌てたように木山君に向き直り、「そんなことないよ」と小声で言った。
木山君はフェンスに手を掛けたまま、此方に入って来ようとはしない。
あまり深入りしたくないという本音が、彼の表情に透けて見えた気がした。
「木山君、今日は部活出るの?」
不機嫌なままのめぐちゃんに聞かれ、片眼を髪で覆ったままの木山君は笑いながら「欠席」と答える。
「私も部長も欠席理由まともに聞いたことないんだけど…」
めぐちゃんに言われても木山君は表情を崩さず「教えてないもんねー」とおちょくるように笑う。
「めぐちゃん、木山君も忙しいんだし…それはまた今度で良いんじゃないかな」
私が横からそう言うと、めぐちゃんは黙ったものの、木山君を睨み付けたままでいた。
「浅井が呼んでたよ、早く行ったら」
そう言って立ち去ろうとする木山君を、めぐちゃんが慌てたように呼び止めた。
「私、そうやっていつも平然としてる木山君のこと、大嫌いなんだけど」
足を止めて振り返った木山君は、めぐちゃんではなく私へと視線を逸らしていた。
「俺も、自分の思い通りにならないとすぐに怒るめぐのことは嫌いだよ」
めぐちゃんはフェンスの前まで歩いて行って、木山君を正面から睨み付けた。
木山君もジュースを口から離して彼女を見下ろす。
「あんたみたいな奴に嫌いとか言われたくない。他のみんながどれだけ心配してても、自分のことなのに他人事みたいに振る舞ったりして…。
結局木山君は私たちのことなんてなんとも思ってないんでしょ」
めぐちゃんの言葉を聞きながら木山君はまた私へと視線を泳がせて来る。
「うん、思ってない」
めぐちゃんがフェンスから手を伸ばし、木山君のネクタイを掴んだ。
木山君は一瞬で表情を崩し、慌てたようにフェンスから飛び退く。
彼の手からジュースパックが滑り落ち、コンクリートの地面へと落下して弾む。
パックが破れて地面へとジュースが流れていくのを茫然と眺めていた木山君は、やがてハッとしたようにめぐちゃんを見た。
「急に何するんだよ、ブス!」
先程までの涼しげな声と打って変わった荒々しい怒鳴り方に、めぐちゃんの肩が跳ね上がる。
「次やったら殺すぞ」
木山君は低い声で呟いてめぐちゃんを睨み付けた。
慌ててフェンスを乗り越えて、木山君を追いかけた。
背中に向かって名前を呼ぶと、彼はすぐ立ち止まって振り返ってくれる。
不機嫌を包み隠さず「何」と言われてしまい、私は一瞬言葉に詰まった。
ずっと前髪を触っているのを見て、彼が先ほどのことに動揺しているということは何となくわかった。
「大丈夫かなって思って…」
私が言うと、木山君は眉根に皺を寄せた。
「大丈夫じゃないから1人にして欲しいんだけど」
返す言葉を私が考える間もなく、木山君は続ける。
「誰かに傍にいてもらえるとか寄り添ってもらえるとか、そういうこと全然期待してないから、俺。
なんか風野さんたちのテンションって怠いね」
木山君はしばらく私の反応を窺っていたけれど、私が何も言葉を返せないでいると、そのまま立ち去って行ってしまった。