・*不器用な2人*・
第52章/春休みまで
その日の夜だった。

梶君から電話が掛かって来た。

『学年末試験も終わったし、もうしばらくは自由登校じゃん?』

第一声にそう言われ、私は会話の意図が分からないまま「そうだね」と答える。

梶君は別に自由登校を喜んでいるような口ぶりではなくて、声が少しだけ上擦っていた。

『だから俺、終業式まで学校行かない』

その言葉に「そっか残念」と言い返せたらどれだけ気が楽なのだろう。

――どうして。

心の中で思う。

どうしてみんなは求められているのに自分から離れて行こうとするのかと。

「どうして?」

私の言葉に受話器の向こうは沈黙となった。

『手を伸ばせなかったのは、触るのが駄目だからじゃなくて……』

今日の階段での出来事だ。
すぐに分かった。

梶君は木山君に伸ばしかけていた手をパッと引いて、木山君は頭から落下した。

『結局俺は何度もでも繰り返すんだと思う。
何度でも身近にいる奴を手放して、後になって後悔して……。
それを繰り返しても成長できない気がする』

「そんなことないよ!梶君のお陰で私がどれほど成長できたか……。
私だけじゃなくて他のみんなだって。
梶君が学校来ないと寂しいよ。
梶君は梶君が思ってる程小さい人じゃないよ」

どれだけ言葉を探しても、梶君には届かない気がしたのに、私はそれでも受話器に向かってそんなことを言い続けていた。

電話はいつの間にか切れていた。



自由登校中は進路相談会や個別面談が行われ、それに関係ない生徒たちは好きなところで好きなように過ごすことが許されていた。

電話の通り梶君は学校に来ていなくて、Dクラスの教室には私の見知った人がほとんどいなかった。

みんな何処へ行ってしまったのだろうと思いながら、私はAクラスへと戻る。

丁度めぐちゃんと淳君が話しているところだった。

「木山君のお母さん、木山君のこと全然違う名前で呼んでたんだけど……」

めぐちゃんの言葉に淳君は顔を顰める。

「違う名前?」

「うん、だって木山君って下の名前薫だよね?」

「薫だよ、うん」

淳君は頷いてから少しだけ考え込むように動作を止めた。

ジッと机の上を睨みながら、彼はしばらく沈黙した後に「龍一?」とめぐちゃんに向かって聞く。

「あ、龍一!そう呼んでた!」

めぐちゃんが頷くと、淳君は膝の上に置いていた雑誌で顔を覆った。


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