・*不器用な2人*・
第6章/はじめての友達
チャンスは忘れた頃にやってくるという。

「彼氏がほしい」と必死になっていてもいい人は見付からないのに、部活一筋になった途端数人の男子にせまられるように……。

本人がどうでもよくなった頃、不意に思い出させてくれるものだ。




梶君たちと屋上でお弁当を食べた後。

空のお弁当箱をぶら下げて教室へ戻ろうとしていた廊下で、突然声をかけられた。

同じクラスの生徒だといううことは分かったけれど、いまいちどういう人だったかが分からない。

髪を耳の下で2つに結った、私より少し背の低い女子。

名前は確か日野萌。

先日クラスメートに向かって「不細工」と言った私から見ても、彼女は充分に可愛かった。

「風野さんって、野球部の人たちと仲良いんだよね?」

日野さんは上目遣いで私にそう聞いてくる。

私は素直に頷いた。

「浅井君とも仲良いの?」

日野さんはたたみかけるようにして訊ねてきた。

――浅井君?

私は歯に衣着せぬ物言いの明るい男子の顔を思い浮かべる。

仲は悪くないけれど、特別親しい間柄でもないような気がする。

「そんなに……」

私が答えると、日野さんは目を輝かせて身を乗り出した。

「本当に!?
じゃあ、浅井君とは付き合っていないんだね?」

そう聞かれ、私は慌てて頷いた。




「良かったぁ……。」

日野さんは胸をなで下ろしながらへにゃりと笑った。

「私、浅井君のこと好きなんだ。
入学式の時に一目惚れしちゃって……。」

日野さんは「絶対に誰にも内緒だよ?」といいながら私に顔を近付けてそう言った。

ふわりと花の匂いがした。


「綾瀬ちゃんって呼んでいい?」

6限目の体育の授業の時、ストレッチのペアになった日野さんから言われた。

女の子から下の名前で呼ばれるなんておそらくは初めてのことだったので、私は嬉しくてすぐ頷いた。

日野さんは、「私のことはめぐって呼んで」と言って、人差し指で頬をさして笑った。

アイドルみたいな仕草がすごくよく似合っていた。

めぐちゃんはクラスのどのグループとも親しくしているらしく、私とストレッチをしている間にもたくさんの生徒から声をかけられていた。

クラスメートたちはめぐちゃんに話しかけるついでに私にも軽くあいさつをして、足早に去っていった。




「みんな恥ずかしがってるんだよ。」とめぐちゃんは笑った。

「何が?」

靴紐を結びながら、私はめぐちゃんの方を見ずに訊ねる。

「綾瀬ちゃんと話すこと。

本当は綾瀬ちゃんと仲良くしたいのに、気後れしちゃってるんだよー。」

めぐちゃんの言葉に、私は首を傾げた。

めぐちゃんがいい風に解釈してくれたのはありがたいけれど、

――それはないな

と心の中で思った。

「私もめぐちゃんみたいに可愛くて明るい子になりたいな……。」

私がそう呟くと、聞こえていたのか聞こえていなかったのか、めぐちゃんは肩をすくめてえへへ、と笑った。


HRが終わると、梶君たちが教室まで迎えに来た。

浅井君が扉のところから「風野さーん」と大声で私を呼ぶ。

先日いやに絡んできた女子たちは、サッと彼らから視線を外し、それから私に向かって小さく舌打ちをした。

慌てて教室から出ようとした私の腕を、ふわっとめぐちゃんが掴んだ。

「風野さんって、北町の方だよね?
私も同じ方向なんだけど……一緒に帰ってもいいかな?」

めぐちゃんはそう言いながら、上目遣いで浅井君たちへと視線を移す。

梶君が渋い顔をするのに対し、浅井君や木山君は笑顔で承諾した。

それだけ、めぐちゃんの上目遣いは可愛かった。


「綾瀬ちゃんと梶君って同じ小学校だったんだー。
初めて知った。」

めぐちゃんは私と梶君を交互に見つめ、大袈裟な声でそう言った。

「え、結構有名な話じゃない?」と木山君が驚くのにお構いなしに、めぐちゃんはずっと「えーえーえー」を繰り返していた。




梶君はめぐちゃんみたいなタイプがどうも得意じゃないらしく、さっきからずっと視線を外していたが、彼女は浅井君にばかり視線を泳がしていて、梶君のことはそれほど気にしていなかった。

「いいなー。私、地元の男子とぜんぜん仲良くないからなー。」

めぐちゃんは唇を尖らしながらそう言った。

私もそうだよ……そう言ってみたかったけれど、めぐちゃんは私と話すことよりも浅井君の気を引くことを優先していたので、言うのはやめた。


「めぐも俺らと一緒に屋上で食わない?」

浅井君に腰をかがめながらそう言ってもらっためぐちゃんは、頬をバラ色に染めながら「ぜひ!」と笑った。

駅まで来て、私と梶君はいつものようにみんなと別れた。

家へと歩き出しながら、梶君が「よかったな」と言った。

友達ができたことに対してだろう。

なのに、どこかその言葉は突き放すようで、私は少しだけ悲しい気持ちになりながら、「うん」と答えた。

「友達ができたんなら、もう俺らとは行動しなくてもいいよな。」

いつかそう言われる日がくるような気がして、怖かった。






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