・*不器用な2人*・
黒色の右眼と灰色の左眼。
その2つがハッキリとめぐちゃんを睨んでいた。
「お前みたいに平和ボケした奴にどうこう言われたくないし。
何でも思ったことを口に出していいわけじゃない。言いたいことだって我慢しなきゃいけないことだってある。
そういう状況になったことがない……しかも空気読まずに自己中に平然と生きていられるようなお前に、俺のことなんて分かるわけないだろ」
潜めていた声がどんどん荒くなって、廊下へと響いた。
木山君はしばらくめぐちゃんを睨んでいたものの、彼女が言い返さないのを確認すると逃げるように走り出した。
めぐちゃんもハッとしたようにその後を追い始める。
以前の木山君なら絶対に女の子に追い付かれるようなことはなかっただろうけれど、真っすぐに走れずに何度もつまずく今となっては、追いつくことなんて簡単だった。
「薫」
めぐちゃんがそう言うと、階段をのぼりかけていた木山君はすぐに足を止めた。
「俺、薫じゃねーし」
木山君は溜息交じりにそう言った。
無理に走ったせいか息切れが強く、彼の肩はまだ上下に揺れている。
「木山薫、でしょ」
めぐちゃんがもう1度言う。
「だから違ぇって。
薫じゃなくて、俺は……」
言い掛けて木山君は言葉を止める。
他人の名前なんて言いたいはずがなかった。
自分の親が自分の為に考えてくれた名前を隠してまで、他人の名前を言い張るなんて私だったら絶対にムリだ。
「薫だよね、木山薫だよね」
めぐちゃんは3度そう言った。
木山君は肩で息をしたままめぐちゃんを振り返る。
「一緒に生まれた弟がお兄さんの名前を間違えるはずがないじゃない。
淳はハッキリと薫だって言ってくれてたよ」
めぐちゃんが胸を張って言うと、木山君は暫く言葉に詰まっていたものの、やがて俯いた。
「あのバカ」
そう毒づきながらも彼の口元は確かに笑っていた。
めぐちゃんがずっと嫌っていた作り物の笑顔なんかでは決してない。
アンバランスに顔を歪めた不自然な笑い方。
それは少しだけ子供っぽくて、なんだか少しだけ胸が温かくなってしまった。
「降りて来なよ、薫」
めぐちゃんが笑い掛けると、木山君も諦めたように階段を降りて来る。
途中でめぐちゃんから差し出された手を、木山君はグッと力いっぱい掴んだ。
伸ばしっぱなしの彼の爪がめぐちゃんの白い手に食い込み、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「これくらいで、改めると思ったか」
木山君の声にめぐちゃんの肩が跳ね上がる。
彼女の手は徐々に薄ピンク色に変色していく。
めぐちゃんの手を抓る木山君は、既に無表情に戻っていた。
「お前も浅井も井上も梶も、あと風野も。
お前らみんないいやつのフリをしているだけで。
都合が悪くなったら、俺のことが嫌になったらいつでもアッサリ手を離すんだろ」
彼の言葉に私は思わず「違う」と言ってしまった。
木山君は即座に私を睨みつけて「黙れ!」と怒鳴りつけてくる。
「みんな嫌いだ。死ねばいい」
木山君はそう呟くと、めぐちゃんの手を離した。
彼はその手をポケットへと突っ込んで、手すりを伝いながら階段を降りて行ってしまった。
残されて暫く唖然としていためぐちゃんが小声で言った。
「あいつ、爪が剥がれてた」
私は一瞬でゾッとして、木山君が降りて行った階段を振り返る。
「剥がれてたって……?」
「付け根から丁寧に剥がされてたんだよ。小指と人差し指の2本」
めぐちゃんが私につねられた手を見せる。
彼女の手にはくっきりと爪の痕が残って血が滲んでいた。
けれど、痕は3つだけ。親指と人差し指と中指の3本。
残り2本の痕はまったく見当たらなかった。
爪が折れるなんて経験のない私は、何をどうしたら爪が2本も剥がれてしまうのか、まったく検討も付かなかった。
その2つがハッキリとめぐちゃんを睨んでいた。
「お前みたいに平和ボケした奴にどうこう言われたくないし。
何でも思ったことを口に出していいわけじゃない。言いたいことだって我慢しなきゃいけないことだってある。
そういう状況になったことがない……しかも空気読まずに自己中に平然と生きていられるようなお前に、俺のことなんて分かるわけないだろ」
潜めていた声がどんどん荒くなって、廊下へと響いた。
木山君はしばらくめぐちゃんを睨んでいたものの、彼女が言い返さないのを確認すると逃げるように走り出した。
めぐちゃんもハッとしたようにその後を追い始める。
以前の木山君なら絶対に女の子に追い付かれるようなことはなかっただろうけれど、真っすぐに走れずに何度もつまずく今となっては、追いつくことなんて簡単だった。
「薫」
めぐちゃんがそう言うと、階段をのぼりかけていた木山君はすぐに足を止めた。
「俺、薫じゃねーし」
木山君は溜息交じりにそう言った。
無理に走ったせいか息切れが強く、彼の肩はまだ上下に揺れている。
「木山薫、でしょ」
めぐちゃんがもう1度言う。
「だから違ぇって。
薫じゃなくて、俺は……」
言い掛けて木山君は言葉を止める。
他人の名前なんて言いたいはずがなかった。
自分の親が自分の為に考えてくれた名前を隠してまで、他人の名前を言い張るなんて私だったら絶対にムリだ。
「薫だよね、木山薫だよね」
めぐちゃんは3度そう言った。
木山君は肩で息をしたままめぐちゃんを振り返る。
「一緒に生まれた弟がお兄さんの名前を間違えるはずがないじゃない。
淳はハッキリと薫だって言ってくれてたよ」
めぐちゃんが胸を張って言うと、木山君は暫く言葉に詰まっていたものの、やがて俯いた。
「あのバカ」
そう毒づきながらも彼の口元は確かに笑っていた。
めぐちゃんがずっと嫌っていた作り物の笑顔なんかでは決してない。
アンバランスに顔を歪めた不自然な笑い方。
それは少しだけ子供っぽくて、なんだか少しだけ胸が温かくなってしまった。
「降りて来なよ、薫」
めぐちゃんが笑い掛けると、木山君も諦めたように階段を降りて来る。
途中でめぐちゃんから差し出された手を、木山君はグッと力いっぱい掴んだ。
伸ばしっぱなしの彼の爪がめぐちゃんの白い手に食い込み、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「これくらいで、改めると思ったか」
木山君の声にめぐちゃんの肩が跳ね上がる。
彼女の手は徐々に薄ピンク色に変色していく。
めぐちゃんの手を抓る木山君は、既に無表情に戻っていた。
「お前も浅井も井上も梶も、あと風野も。
お前らみんないいやつのフリをしているだけで。
都合が悪くなったら、俺のことが嫌になったらいつでもアッサリ手を離すんだろ」
彼の言葉に私は思わず「違う」と言ってしまった。
木山君は即座に私を睨みつけて「黙れ!」と怒鳴りつけてくる。
「みんな嫌いだ。死ねばいい」
木山君はそう呟くと、めぐちゃんの手を離した。
彼はその手をポケットへと突っ込んで、手すりを伝いながら階段を降りて行ってしまった。
残されて暫く唖然としていためぐちゃんが小声で言った。
「あいつ、爪が剥がれてた」
私は一瞬でゾッとして、木山君が降りて行った階段を振り返る。
「剥がれてたって……?」
「付け根から丁寧に剥がされてたんだよ。小指と人差し指の2本」
めぐちゃんが私につねられた手を見せる。
彼女の手にはくっきりと爪の痕が残って血が滲んでいた。
けれど、痕は3つだけ。親指と人差し指と中指の3本。
残り2本の痕はまったく見当たらなかった。
爪が折れるなんて経験のない私は、何をどうしたら爪が2本も剥がれてしまうのか、まったく検討も付かなかった。