・*不器用な2人*・
第55章/本当の友達
夕方。
レストランで夕食を終えて部屋で過ごしている時だった。
めぐちゃんがお風呂へ入っている際にドライヤーを使おうと思い、鍵のしまっていないバスルームへ入った。
シャワーを浴びているのか細かな音がカーテンの向こうからずっと聞こえていた。
ドライヤーへと手を伸ばし、すぐに出て行こうとした時だった。
カーテンがスッと開いた。
――同性なんだから別に見ても問題はない。
そう思いながらも私は反射的に目を逸らした。
「ドライヤー、借りようと思って……」
そう言おうとした時、目の前に立っていためぐちゃんの手からシャンプーのパッケージが落ちた。
「なんで、入って来たの」
その声に顔をあげ、私は絶句する。
私を見下ろすめぐちゃんは、広く薄い胸板をそっと片手で隠していた。
彼女の手の平が隠す場所など何処にもなく、ただ何の肉も付かない角ばったシルエットがハッキリと見えていた。
お化粧をしている顔しか見たことがなかったし、着替えの時だって彼女を見ることはまったくなかった。
ずっと可愛いと思い同性の友達として親しんできた彼女の身体は、何処からどう見ても女には見えなくて……。
「ずっとばれないと思ってたのに。あーあ」
そんな低い声に、私はもう1度顔を上げた。
長い髪を鬱陶しそうに払いのけて、彼女…彼は私を眺めていた。
別に怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ただ此方の様子を窺っていた。
「こうも簡単にバレるなんてね。1年も隠せたんだからあと2年も余裕かと思ってた」
変声期を超えた男子の声に、私の足は竦む。
何かの間違いだと思った。
「でも、綾瀬ちゃんは絶対に誰にも言わないよね?
こんなことくらいで僕のこと嫌いになったり掌返したりなんてしないよね?
綾瀬ちゃんは優しい子だもんね?」
ガッシリと肩を掴まれた。
その手は簡単には解けなくて、普段のめぐちゃんからは想像もつかないほど強い力が入っていた。
「ねぇ綾瀬ちゃん、僕たち友達だよね?」
そう強い声で言われ、私は慌てて首を縦に振った。
めぐちゃんはパッと私から手を離し、タオルで体を覆った。
ショックだったかと聞かれれば勿論ショックだった。
かといって幻滅しただとかそういう訳では決してなく。
ただ女の子だと思って1年ずっと接してきた人物が男だったと言われれば誰だって動揺するのは当然なことだと思う。
「本当の名前、何て言うの」
私が訊ねると、ドライヤーで髪を乾かしていためぐちゃんは声を取り繕うことなく「恵一」と言った。
「中学は普通の公立だったからそういう配慮してもらえなくて、ずっとジャージのまま髪を伸ばして過ごしてたんだ。
高校は理事長と親が旧友だってことで、先に説明してもらった。
先生たちも性別のことは知っているんだけど、それを生徒にバラすことはないし、名簿にもめぐみって名前で登録してあるんだよ、ちゃんと」
めぐちゃんはそう言いながら長い髪をピンでとめる。
露わになった顔は整ってこそいたものの男の子そのもので、少しだけ淳君と似ているような気がした。
「中学の時いじめられたって言ったじゃん。
あれって僕の性格がどうこうっていうよりもむしろ中身と見た目のギャップに周りが付いてきてくれなかったって話なんだよね……」
女の子として過ごし始めたのは高校からだったため、あんなに取っ付きにくかったのかと、ようやく分かった。
話を聞いているうちに徐々に慣れてきて、落ち着きを取り戻した。
目の前に座っている男子に面影は残っているし、話し方や振る舞いだってめぐちゃんそのものだ。
驚いたと言えば驚いたけれど、別に嫌悪を示すようなことでもないと思ったのは、心の奥底で「面白い」という不謹慎な気持ちが生まれたからなのかもしれない。
「なんか打ち明けちゃうとあっという間だねー。
でも暫くは周りに黙っててもらえると嬉しいな。
こういうことは僕の口から言いたいし……。
浅井君とか淳に対しても」
そう言われ、私はハッと顔を上げた。
「浅井君のこと好きだって言うのは……」
「あー、あれはほんと。ああいう男子にずっと憧れてたんだ」
めぐちゃんはあっけらかんとそう言った。
レストランで夕食を終えて部屋で過ごしている時だった。
めぐちゃんがお風呂へ入っている際にドライヤーを使おうと思い、鍵のしまっていないバスルームへ入った。
シャワーを浴びているのか細かな音がカーテンの向こうからずっと聞こえていた。
ドライヤーへと手を伸ばし、すぐに出て行こうとした時だった。
カーテンがスッと開いた。
――同性なんだから別に見ても問題はない。
そう思いながらも私は反射的に目を逸らした。
「ドライヤー、借りようと思って……」
そう言おうとした時、目の前に立っていためぐちゃんの手からシャンプーのパッケージが落ちた。
「なんで、入って来たの」
その声に顔をあげ、私は絶句する。
私を見下ろすめぐちゃんは、広く薄い胸板をそっと片手で隠していた。
彼女の手の平が隠す場所など何処にもなく、ただ何の肉も付かない角ばったシルエットがハッキリと見えていた。
お化粧をしている顔しか見たことがなかったし、着替えの時だって彼女を見ることはまったくなかった。
ずっと可愛いと思い同性の友達として親しんできた彼女の身体は、何処からどう見ても女には見えなくて……。
「ずっとばれないと思ってたのに。あーあ」
そんな低い声に、私はもう1度顔を上げた。
長い髪を鬱陶しそうに払いのけて、彼女…彼は私を眺めていた。
別に怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ただ此方の様子を窺っていた。
「こうも簡単にバレるなんてね。1年も隠せたんだからあと2年も余裕かと思ってた」
変声期を超えた男子の声に、私の足は竦む。
何かの間違いだと思った。
「でも、綾瀬ちゃんは絶対に誰にも言わないよね?
こんなことくらいで僕のこと嫌いになったり掌返したりなんてしないよね?
綾瀬ちゃんは優しい子だもんね?」
ガッシリと肩を掴まれた。
その手は簡単には解けなくて、普段のめぐちゃんからは想像もつかないほど強い力が入っていた。
「ねぇ綾瀬ちゃん、僕たち友達だよね?」
そう強い声で言われ、私は慌てて首を縦に振った。
めぐちゃんはパッと私から手を離し、タオルで体を覆った。
ショックだったかと聞かれれば勿論ショックだった。
かといって幻滅しただとかそういう訳では決してなく。
ただ女の子だと思って1年ずっと接してきた人物が男だったと言われれば誰だって動揺するのは当然なことだと思う。
「本当の名前、何て言うの」
私が訊ねると、ドライヤーで髪を乾かしていためぐちゃんは声を取り繕うことなく「恵一」と言った。
「中学は普通の公立だったからそういう配慮してもらえなくて、ずっとジャージのまま髪を伸ばして過ごしてたんだ。
高校は理事長と親が旧友だってことで、先に説明してもらった。
先生たちも性別のことは知っているんだけど、それを生徒にバラすことはないし、名簿にもめぐみって名前で登録してあるんだよ、ちゃんと」
めぐちゃんはそう言いながら長い髪をピンでとめる。
露わになった顔は整ってこそいたものの男の子そのもので、少しだけ淳君と似ているような気がした。
「中学の時いじめられたって言ったじゃん。
あれって僕の性格がどうこうっていうよりもむしろ中身と見た目のギャップに周りが付いてきてくれなかったって話なんだよね……」
女の子として過ごし始めたのは高校からだったため、あんなに取っ付きにくかったのかと、ようやく分かった。
話を聞いているうちに徐々に慣れてきて、落ち着きを取り戻した。
目の前に座っている男子に面影は残っているし、話し方や振る舞いだってめぐちゃんそのものだ。
驚いたと言えば驚いたけれど、別に嫌悪を示すようなことでもないと思ったのは、心の奥底で「面白い」という不謹慎な気持ちが生まれたからなのかもしれない。
「なんか打ち明けちゃうとあっという間だねー。
でも暫くは周りに黙っててもらえると嬉しいな。
こういうことは僕の口から言いたいし……。
浅井君とか淳に対しても」
そう言われ、私はハッと顔を上げた。
「浅井君のこと好きだって言うのは……」
「あー、あれはほんと。ああいう男子にずっと憧れてたんだ」
めぐちゃんはあっけらかんとそう言った。