・*不器用な2人*・
体育の時間、私は生憎の生理のために保健室へ行かせてもらうことにした。
進級してからは毎日教室が楽しくて、いつも隣りには誰かがいてくれたから、保健室へ行くようなこともなくなっていた。
久し振りに顔をのぞかせると、保健医さんが「久しぶり」とおっとりとした口調で言ってくれた。
勧められてソファに座る。
来室届を記入しようとして、私はペンを持ったまま手を止めた。
最新の欄には「木山薫」と淳君と同じように神経質そうな右肩上がりの字が書かれていた。
「木山君、来てるんですか?」
私が訊ねると、保健医さんが「うん」と頷く。
1つだけカーテンの閉まったベッドに私はフッと目を向けた。
「なんか廊下で辛そうにしてたから連れて来ちゃった。
授業始まってたし、他の先生に見つかると面倒だと思って」
そう言いつつも保健医さんは机の引き出しから名簿を取り出して、ベッドに向かって「おーい」と声を掛ける。
「うちの学校、授業に出られないほど体調が悪い生徒は早退させるって決まりがあるんだけど……。
どうする木山君?」
保健医さんの言葉に、私は生徒手帳に書かれていた言葉を今さら思い出した。
サボりの生徒を学校から出さない為に、早退には基準が敷かれていたのだ。
感染症の恐れがある生徒や下痢嘔吐など症状が酷い生徒は早退の権利を与えられる。
あと、パニックなどで学校へいさせられないメンタルの人も早退対象だった。
「木山君のとこって共働きだっけ?お家の人の職場に電話しても大丈夫?」
保健医さんがもう1度ベッドに向かって声をかけると、「やめて下さい」と妙に大きな返事が返って来た。
「でも木山君、熱あるでしょ。
早く家に帰って休んだ方が良いと思うよ」
そう保健医さんが言い掛けたところでカーテンが開いた。
木山君は私に気付くと少しだけ目を丸くしたものの、すぐに上履きを履いて此方へと出てくる。
「もう平気なんで、教室戻ります。
お世話になりました」
早口にそう言うと木山君は保健室を出て行こうとする。
慌てて保健医さんがその背中に向かって声をかけた。
「木山君さ、眼科行かせてもらった?」
彼女の言葉に木山君は驚いたように振り返る。
「ごめんね、隠してたと思うんだけど……、さっき廊下でちょっと見えちゃったの。
左眼のそれ、どうしたの」
木山君は左眼を髪の上から覆おう。
「ただ転んだだけじゃそうはならないしさ、万一転んだだけだとしても、それって病院行かなきゃいけないものでしょ?」
保健医さんが少しだけ強い言葉で言うと、木山君は悔しそうに唇を噛んだ。
「先生には関係ないじゃん」
慌てて保健室を出て、木山君が何処へ向かったのかと辺りを見渡し、私はギョッとする。
扉の横に、普通に座っていた。
自宅へと電話をかけると、奇跡的に母親と繋がった。
学校からケータイをかけるなんてことは今までに1度もなかったから、母親は何事かというように焦った口調で応答して来た。
私が用件を伝えると、私の身に何かあったわけではないと安心したのか、何度も溜息をつきつつも了承してくれた。
電話を切って、木山君に向きなおる。
「私の母親が校門まで迎えに来てくれるから、私の家に行って休んで。
うち、父親がよく家のみをやるせいで来客用の寝室が一部屋だけあるの」
返事らしい返事はなかった。
膝の中に顔を埋めた木山君は、荒く息を続けながら何の反応もない。
出て来た保健医さんが木山君の前にしゃがんで濡れタオルを差し出す。
「関係あってもなくても、子供を心配するのが大人の仕事なんです」
彼女はそう言いながら強引に濡れタオルを木山君の頬へと押しつけた。
「それにしても風野さんのご家庭ってすごいねぇ。
普通は他の家の子供なんて受け入れてくれないよ」
感心したように言われてしまい、私は苦笑を浮かべる。
「うちの母親、木山君のこと好きらしくて」
そんなことを言っているうちに内線が入り、母が迎えにきたということが保健室に伝えられた。
進級してからは毎日教室が楽しくて、いつも隣りには誰かがいてくれたから、保健室へ行くようなこともなくなっていた。
久し振りに顔をのぞかせると、保健医さんが「久しぶり」とおっとりとした口調で言ってくれた。
勧められてソファに座る。
来室届を記入しようとして、私はペンを持ったまま手を止めた。
最新の欄には「木山薫」と淳君と同じように神経質そうな右肩上がりの字が書かれていた。
「木山君、来てるんですか?」
私が訊ねると、保健医さんが「うん」と頷く。
1つだけカーテンの閉まったベッドに私はフッと目を向けた。
「なんか廊下で辛そうにしてたから連れて来ちゃった。
授業始まってたし、他の先生に見つかると面倒だと思って」
そう言いつつも保健医さんは机の引き出しから名簿を取り出して、ベッドに向かって「おーい」と声を掛ける。
「うちの学校、授業に出られないほど体調が悪い生徒は早退させるって決まりがあるんだけど……。
どうする木山君?」
保健医さんの言葉に、私は生徒手帳に書かれていた言葉を今さら思い出した。
サボりの生徒を学校から出さない為に、早退には基準が敷かれていたのだ。
感染症の恐れがある生徒や下痢嘔吐など症状が酷い生徒は早退の権利を与えられる。
あと、パニックなどで学校へいさせられないメンタルの人も早退対象だった。
「木山君のとこって共働きだっけ?お家の人の職場に電話しても大丈夫?」
保健医さんがもう1度ベッドに向かって声をかけると、「やめて下さい」と妙に大きな返事が返って来た。
「でも木山君、熱あるでしょ。
早く家に帰って休んだ方が良いと思うよ」
そう保健医さんが言い掛けたところでカーテンが開いた。
木山君は私に気付くと少しだけ目を丸くしたものの、すぐに上履きを履いて此方へと出てくる。
「もう平気なんで、教室戻ります。
お世話になりました」
早口にそう言うと木山君は保健室を出て行こうとする。
慌てて保健医さんがその背中に向かって声をかけた。
「木山君さ、眼科行かせてもらった?」
彼女の言葉に木山君は驚いたように振り返る。
「ごめんね、隠してたと思うんだけど……、さっき廊下でちょっと見えちゃったの。
左眼のそれ、どうしたの」
木山君は左眼を髪の上から覆おう。
「ただ転んだだけじゃそうはならないしさ、万一転んだだけだとしても、それって病院行かなきゃいけないものでしょ?」
保健医さんが少しだけ強い言葉で言うと、木山君は悔しそうに唇を噛んだ。
「先生には関係ないじゃん」
慌てて保健室を出て、木山君が何処へ向かったのかと辺りを見渡し、私はギョッとする。
扉の横に、普通に座っていた。
自宅へと電話をかけると、奇跡的に母親と繋がった。
学校からケータイをかけるなんてことは今までに1度もなかったから、母親は何事かというように焦った口調で応答して来た。
私が用件を伝えると、私の身に何かあったわけではないと安心したのか、何度も溜息をつきつつも了承してくれた。
電話を切って、木山君に向きなおる。
「私の母親が校門まで迎えに来てくれるから、私の家に行って休んで。
うち、父親がよく家のみをやるせいで来客用の寝室が一部屋だけあるの」
返事らしい返事はなかった。
膝の中に顔を埋めた木山君は、荒く息を続けながら何の反応もない。
出て来た保健医さんが木山君の前にしゃがんで濡れタオルを差し出す。
「関係あってもなくても、子供を心配するのが大人の仕事なんです」
彼女はそう言いながら強引に濡れタオルを木山君の頬へと押しつけた。
「それにしても風野さんのご家庭ってすごいねぇ。
普通は他の家の子供なんて受け入れてくれないよ」
感心したように言われてしまい、私は苦笑を浮かべる。
「うちの母親、木山君のこと好きらしくて」
そんなことを言っているうちに内線が入り、母が迎えにきたということが保健室に伝えられた。