・*不器用な2人*・
第60章/家族*2
家に戻ると母親が夕食の支度をしているところだった。
「おかえり綾瀬。
木山君、2階の寝室にいるけど、もう寝ちゃったから起こさないでよ」
自室で制服から部屋着に着替えてからもう1度リビングへ降りて行くと、母親も料理を切り上げてくれた。
「急なことでびっくりしちゃったけど。
綾瀬が人のことまで考えられるような子になってくれて嬉しい」
母はそう言うと、ソファへと腰をおろした。
私も彼女の向いのソファに腰を下ろす。
「綾瀬の彼氏があの子でも、私はいいと思うんだけど……」
そう言われ、思わず飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。
「茶髪は嫌だって前に言ってなかったっけ……」
表情を引きつらせながら私が言うと、母は「冗談に決まってるでしょう」と言った。
「綾瀬と仲良くしてくれているくらいだから、きっと綾瀬みたいに繊細な子なんだろうなって……初めて会った時に思った」
母は潜めた声でそう言った。
「そうじゃなきゃ、あんたとは付き合えないじゃない。
暗い過去がある女の子程取扱いに困るものはなかなかないんだから」
寝室の扉を開けると、中は電気が付いていた。
眠らせるんだったら電気くらい消せば良かったのに……、そう思いながら先に部屋へと入って行く母を軽く睨む。
木山君はベッドに寝たまま、目だけ動かして私の方を見た。
「木山君、ちょっといい?」
母が言うと、彼は返事をせず、ただしたかったのか口を小さく開いた。
「落ち着くまで此処で休んでいっていいし、もういっそ住んでもらっても私は構わないんだけどね?
木山君はどうしたいか聞いておこうと思って」
母の言葉に木山君は視線を泳がせている。
「家に帰るのが嫌なんだよね?」
母の言葉に木山君は「いえ」と掠れた声で答えた。
「あまり迷惑掛けたくないんで、もう治ったら帰ります」
「迷惑とは思ってないよ」
私が言うと、木山君は困ったように笑う。
「治ったら、帰るから」
彼はそれだけ言うと、また目を閉じた。
夕飯の際に母が父に木山君のことを説明してくれた。
娘の手前冷たいことも言えない父は何とも言えない表情を浮かべたままご飯を口へと運んでいた。
「それで、何の病気なんだ。医者に連れて行かなくて大丈夫なのか」
父の言葉に母は少しだけ首を傾げた。
「熱が原因で過呼吸になりかけていたんだけどね。
本人がこれくらいは平気だからって言うの。
発作持ちの子なのかな」
不思議そうにそう言いながら、母は開いた食器を片付け始めた。
「見るからに神経質そうな子だから、疲れてたんじゃない?」
母の言葉に私はつられて頷いてしまった。
食後。
母親が連絡網のプリントで木山君の家の番号を調べ、電話を掛けていた。
一応泊まらせるなら相手側にも断っておいた方が良いとの判断だった。
以前見たことのある怖そうなおばさんの顔を思い浮かべ、私は少しだけハラハラしながら聞き耳を立てる。
最初のうちは穏やかに事情を説明していた母親は、想像通り3分もしないうちにヒステリックな喋り方になっていた。
「いえ、龍一君ではなく薫君という子を預かっています。
はぁ?あぁそうですか。
龍一君でなければいいんですね、はい分かりました」
最後の方はそんなことを口走って電話を切ってしまった。
どうやらまたあのおばさんは名前を違えたらしい。
「何、あの子のお家って難しい家庭なの?」
母親にヒソヒソと聞かれ、私は「分からない」と正直に答えるしかなかった。
「あそこのお母さん、木山君のことをまったく違う名前で呼び続けてるみたい。
双子の兄弟で別居してるし、あまり普通の家庭ではないと思うんだけど……」
その時点で時計はすでに9時を指していた。
「おかえり綾瀬。
木山君、2階の寝室にいるけど、もう寝ちゃったから起こさないでよ」
自室で制服から部屋着に着替えてからもう1度リビングへ降りて行くと、母親も料理を切り上げてくれた。
「急なことでびっくりしちゃったけど。
綾瀬が人のことまで考えられるような子になってくれて嬉しい」
母はそう言うと、ソファへと腰をおろした。
私も彼女の向いのソファに腰を下ろす。
「綾瀬の彼氏があの子でも、私はいいと思うんだけど……」
そう言われ、思わず飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。
「茶髪は嫌だって前に言ってなかったっけ……」
表情を引きつらせながら私が言うと、母は「冗談に決まってるでしょう」と言った。
「綾瀬と仲良くしてくれているくらいだから、きっと綾瀬みたいに繊細な子なんだろうなって……初めて会った時に思った」
母は潜めた声でそう言った。
「そうじゃなきゃ、あんたとは付き合えないじゃない。
暗い過去がある女の子程取扱いに困るものはなかなかないんだから」
寝室の扉を開けると、中は電気が付いていた。
眠らせるんだったら電気くらい消せば良かったのに……、そう思いながら先に部屋へと入って行く母を軽く睨む。
木山君はベッドに寝たまま、目だけ動かして私の方を見た。
「木山君、ちょっといい?」
母が言うと、彼は返事をせず、ただしたかったのか口を小さく開いた。
「落ち着くまで此処で休んでいっていいし、もういっそ住んでもらっても私は構わないんだけどね?
木山君はどうしたいか聞いておこうと思って」
母の言葉に木山君は視線を泳がせている。
「家に帰るのが嫌なんだよね?」
母の言葉に木山君は「いえ」と掠れた声で答えた。
「あまり迷惑掛けたくないんで、もう治ったら帰ります」
「迷惑とは思ってないよ」
私が言うと、木山君は困ったように笑う。
「治ったら、帰るから」
彼はそれだけ言うと、また目を閉じた。
夕飯の際に母が父に木山君のことを説明してくれた。
娘の手前冷たいことも言えない父は何とも言えない表情を浮かべたままご飯を口へと運んでいた。
「それで、何の病気なんだ。医者に連れて行かなくて大丈夫なのか」
父の言葉に母は少しだけ首を傾げた。
「熱が原因で過呼吸になりかけていたんだけどね。
本人がこれくらいは平気だからって言うの。
発作持ちの子なのかな」
不思議そうにそう言いながら、母は開いた食器を片付け始めた。
「見るからに神経質そうな子だから、疲れてたんじゃない?」
母の言葉に私はつられて頷いてしまった。
食後。
母親が連絡網のプリントで木山君の家の番号を調べ、電話を掛けていた。
一応泊まらせるなら相手側にも断っておいた方が良いとの判断だった。
以前見たことのある怖そうなおばさんの顔を思い浮かべ、私は少しだけハラハラしながら聞き耳を立てる。
最初のうちは穏やかに事情を説明していた母親は、想像通り3分もしないうちにヒステリックな喋り方になっていた。
「いえ、龍一君ではなく薫君という子を預かっています。
はぁ?あぁそうですか。
龍一君でなければいいんですね、はい分かりました」
最後の方はそんなことを口走って電話を切ってしまった。
どうやらまたあのおばさんは名前を違えたらしい。
「何、あの子のお家って難しい家庭なの?」
母親にヒソヒソと聞かれ、私は「分からない」と正直に答えるしかなかった。
「あそこのお母さん、木山君のことをまったく違う名前で呼び続けてるみたい。
双子の兄弟で別居してるし、あまり普通の家庭ではないと思うんだけど……」
その時点で時計はすでに9時を指していた。