・*不器用な2人*・
第63章/家庭
木山君は旧校舎の踊り場で購買に売っているジュースをすすっていた。

走って来た私たちを見ると「どうしたの」と言いながら片手を上げて挨拶をして来る。

「木山君のお母さん、今学校に来てるよ。
昨日の夜息子が帰って来なかったって先生に言ってた」

私の言葉に梶君が続ける。

「今担任が淳とお前のこと探してる。
ひょっとして木山、ヤバいんじゃないの」

梶君と私を交互に見比べた木山君は、暫く目を丸くしてボーッとしていたものの、やがて梶君の両腕を掴んだ。

「どうすればいいかな、俺、どうすればいいかな!」

梶君は慌てて木山君と視線を合せるようにしゃがみ込む。

「とりあえず見付からない場所にいた方がいいよ。それか淳に上手いこと言ってもらうとかさ」

とは言っても、見つかるまで担任はいろんなところを探すはずだった。

校舎をそっと出るなんて不可能にも程がある。

「とりあえず落ち着こう、木山」

梶君が穏やかな声でそう言うと、木山君は頷きかけて急に目を見開いた。

うっぶと喉を鳴らして、彼は慌てて両手で口を押さえる。

ギョッとしたように梶君が木山君から離れる。

木山君は急いで立ち上がると階段を上ってすぐのところにある男子トイレへと駆け込んで行った。

慌てて私と梶君は後を追う。

ずっと生徒が立ち入り禁止になっている男子トイレは、用務員さんが掃除をしているのか想像していたよりは綺麗だった。

1番手前の個室に鍵も閉めずに入った木山君は、便器に顔を突っ込み、ぜぇぜぇと喉を鳴らしていた。

梶君は入口の鍵を閉じて、ついていた明かりも完全に消す。

口の中に指を入れかけていた木山君を、梶君がそっと止める。

「大丈夫だから、落ち着こう、木山」

梶君がそう言うと、木山君はようやく顔を上げて、口から零れた胃液を片手で乱暴に拭った。

「だって、隠れてても見付かるし、見付かったら……」

木山君はそこで言葉を切った。



水道で口を漱いで、木山君は大きく溜息をついた。

「どうしよう、すごく気持ち悪い」

ボソッと呟くと、彼は私たちを振り返る。

「教えててくれてありがとう。
とりあえず適当な場所に移動してみるよ」

そう言うと木山君は扉を開けて廊下へ踏み出し、小さく悲鳴を上げた。

慌てて振り返った私たちも硬直する。

いつの間にかトイレの前の廊下には何人もの先生が待機していた。

「旧校舎は立ち入り禁止だろう。
保護者の方が待っているから今すぐ行きなさい」

先生の言葉に木山君は何か言い掛けて口を噤んだ。

窓から外を見ると、木山君の家のものと思われる車が止まっていて、中には男の人が待機をしていた。

そのうち校舎から出てきた木山君と彼のお母さんが乗り込み、車は走って行ってしまった。



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