・*不器用な2人*・
第64章/事情
教室へ戻ると、淳君はめぐちゃんと一緒に課題をやっているところだった。

「淳、木山龍一って誰だよ」

梶君が怒ったような声で言うと、淳君が「は?」と眉を潜めた。

「木山、龍一のお母さんだとか言う人に連れてかれたんよ。
なんかすごい怖がってるみたいで、取り乱してたんだよ。
木山龍一って、お前の親戚か?」

梶君は答えの遅い淳君の胸倉をつかみ上げた。

慌ててめぐちゃんが止めに入ったものの、梶君はまだ興奮したままだった。

「龍一は、あのおばさんの息子」

淳君は小声でそう言うと、困ったように髪をガシガシと掻いた。

「もう死んでるんだよ、俺らが生まれる少し前に。
バイクの事故だか不良の喧嘩だかよく分からない変な死に方だったらしい」

――死んだ人?

淳君の言葉に眉をしかめたのは私だけではなかった。

何事かとやって来ていた浅井君や井上君も、大きく表情を変える。

「それで、何であの人は木山と龍一を間違えてるんだよ」

浅井君の上ずった声に淳君は言いにくそうに口ごもった。

「俺達が生まれた時、薫の方が龍一に似てたんだ。
誕生日が龍一の命日から49日後だったってことから、どちらかが龍一の生まれ変わりなんじゃないかって話になって、龍一に少しだけ似ていた薫が生まれ変わりだってことにされた」

命日から49日後の誕生日。

あまりにも酷い偶然だと思った。いくら正常な判断のできる人でもそんな偶然があったのなら、生まれ変わりだと信じ込んでしまったって仕方がない。

「でも、木山の名前は薫じゃないか。生まれ変わりってことなら最初から龍一になるんじゃないの?」

井上君が訊ねると、淳君が首を横へ振った。

「俺達の名前を付けたのは俺の養母さんの方だから……」

淳君の家によく行っているめぐちゃんは「あぁ!恭子さんか!」と大きく頷いた。

「でも、学校に登録したりする時はちゃんと薫って名前を使ってるんだ。
本当は気付いてるんじゃないかな。薫と龍一が別人だってこと」

淳君はそう言うと、席を立った。

この話題はその日あまり発展しなかった。



翌日。

木山君の下駄箱には靴が入っていなかった。

HRでの点呼の際に担任から「木山薫君は病欠だそうです」と聞き、野球部のメンバーが凍りついた。

「なぁ、昨日の今日で病欠って大丈夫なのかおい」

HR終了後浅井君が私たちの席までやって来て潜めた声で言う。

「明らかに大丈夫じゃねーだろ」

めぐちゃんが疲れたように言って淳君へと視線を送る。

「お見舞いって行って大丈夫なの?淳」

めぐちゃんに振られた淳君は「え」と濁った声を上げて言葉を詰まらせる。

「大丈夫かって聞いてんだからイエスかノーで答えろよ」

イラついた浅井君にも強い口調で言われてしまった淳君はしばらく迷ったように考え込んでから「必要ない」と答えた。

その日は普通に授業を受けて、普通に部活を行って、みんな普通に下校をして。
1日が終わった。


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