・*不器用な2人*・
木山君の言葉に、皆唖然とするしかなかった訳で。

梶君から伸ばされた手を私は無言で握った。

――そんな経験、したこともないよ。

私が心の中でそう呟いた時だった。

見たこともないはずの景色が瞼の裏に広がった。

真っ暗なクラブハウスの中、誰かの足が目の前に下がっているという光景。

それは一瞬だけ浮かんですぐに消えた。

慌てて梶君を見ると、彼も私を見下ろすところだった。

その一瞬だけ見えた風景が何なのか、想像が付いた。



どのくらい経ったことのだろう。

業を煮やしたようにめぐちゃんが自分の髪をガシガシと掻くと、木山君に向かって怒鳴った。

「なら死ねば良いんじゃないの!」

ギョッとしたように井上君と梶君がめぐちゃんの肩を掴む。

「ちょっと日野、お前何言ってるんだよ……」

梶君の言葉を無視して、めぐちゃんは木山君を睨みつける。

「そんなに死にたいならそっから飛び降りて死んじゃえば良いんじゃない?辛いこととか痛いこととかたくさん経験したんなら、飛び降りて身体が潰れるくらい全然余裕でしょ」

木山君の動きが止まる。

彼はぶら下がっていたもう片手をフェンスにそっと伸ばした。

「でも、例え死んでもう1度別の人生をやり直すことになったとしても。
その人生にはまた別の苦しみとか痛みがあると思うよ!
木山が知らないだけで、そこら辺歩いている人1人1人に人生ってもんがあるんだから!
また別の誰かになったって、また別の長い人生を延々と歩いて行かなきゃいけないんだから!」



目を背けていたことがある。

自分に嫌な想いをさせてきた人たちには、何の過去もないのだと、何の人生もなかったのだと。苦しみや悲しみを知らないのだと。

ずっとそう信じ込んでいたかった。

けれど。

「木山に嫌なことした中西とか!ただのクズとしか思えない鈴木とか!
あとお前から見たら楽観的でしかない俺らにだって!相応の人生ってもんがあるんだよ!お前誰か1人とでも変わってみろよ!
お前にとって楽に見えた人生かもしれないけど、俺らだってそれなりに大変な思いして此処まで生きてきてんだよ!察しろ!」

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