・*不器用な2人*・
第69章/不器用の全員
5月。
野球部は市のグラウンドで試合を行った。

Bクラスの生徒全員がレギュラーとして出るため、私は木山君と一緒に観戦に行くことにした。

試合までまだ時間があるらしく、野球部のメンバーたちは観客席まで出て来て、私と木山君の周りにダラッと腰をおろしていた。

「どうしよう、全ッ然緊張しないんだけど」

そう真顔で呟くめぐちゃんに「お前は良いよな」と過呼吸を起こしかけている淳君が声をかける。

「淳はとりあえず落ち着いた方が良いと思うんだよね……」

木山君が呆れたように言いながら淳君に水を手渡す。

「うわ、薫の飲みかけとかちょっとこれ引く」

大袈裟に顔をしかめる淳君の頭を遠慮なく叩き、木山君はペットボトルを奪い返した。

「おまえなんて呼吸困難でサッサと退場になればいいのに」

小声で言われた淳君は一瞬だけムッとしたような表情を浮かべたものの、すぐに木山君からペットボトルを受け取ると水を一口飲み、盛大に噴いた。

「薫、お前これ何入れた!」
淳君に胸倉を掴まれた木山君は鬱陶しそうにその手を払いのけながら「塩」と悪びれせずに答えた。



「よう、浅井」

皆で騒いでいた時だった。

浅井君に見覚えのある眼鏡が声を掛けた。

顔を上げた浅井君はギョッとしたようにのけぞり、後ろに立っていた井上君に身体を支えられる。

「なんで柳がいるんだよ……」

浅井君の濁った声に柳は頬を掻きながら「おまえらの対戦相手俺の学校なんだよ」と答える。

「対戦相手が俺らだって知ったから来たんだろどうせ」

井上君がニヤニヤと笑いながら身を乗り出すと、柳はカッと顔を赤くして「うるせぇ!」と怒鳴る。

「良いよ、応援したいならもう存分に応援してっちゃいなよ。
その代わり柳。浅井がホームラン打ったらスタンディングで歓声上げろよ」

井上君の言葉に浅井君と柳が同時に振り返り「何それ恥ずかしい!!」と怒鳴った。

「井上、お前本当底意地悪いよな」

柳は肩を落としながらそう言うと、私たちの近くに腰をおろした。



淳君をからかっていためぐちゃんがフッと視線を上げた。

その先には同じ学校の制服を着た女子が立っている。

「仲田……」

めぐちゃんの言葉に浅井君が「誰」と言う。

「中学の時の同級生」

めぐちゃんはそう答えながら席を立つと仲田さんへと駆け寄って行く。

「何だよ、お前応援にでも来てくれたの?」

めぐちゃんに笑顔で訊ねられた仲田さんは気まずそうに視線を逸らしながら「いや別に…」と答える。

「どうせ俺大活躍するし、まぁ暇なら見てけば。
どうせ暇でしょ、お前ロクな友達いないし」

めぐちゃんはそう言うと仲田さんを無理やり客席に座らせると、自分もその横に座る。

「まさかまた男の日野を拝むことができるとは思わなかった」

仲田さんがボソッと呟くのと、めぐちゃんが「うっせ」と答えるのが、少しだけきこえた。



「風野さーん、梶―、俺らも来ちゃった」

後ろの入口からぞろぞろと入って来た小学生時代の同級生たちに、私と梶君は同時に歓声を上げる。

「同窓会以来じゃん!てか梶これから野球とか!超懐かしいんですけど!
何なら円陣組むか?」

見た目ばかりは柄の悪い彼らは周りからの視線を一切気にせずにゲラゲラと笑うと梶君を強引に引っ張る。

「いや、お前ら試合出ねぇじゃん!円陣とか意味ねぇだろ!」

梶君の突っ込みを完全に無視し、彼らは体育会系独特の巻き舌で何かを怒鳴った。

「よし、俺らも最前列でスタンディングで見物してやるよ!」

そう言う彼らに梶君が「もうお前ら帰れ!」と身近にあったペットボトルを投げつけた。

彼らは笑いながら結局は最後列へ行くと、席には座らず思い思いの姿勢でグランドを見下ろす。

「良いねー、懐かしいねー。
俺らも中学時代は五分刈りだったねー。
それにしても梶の高校はロン毛が多いねー」

そんなことを大声で言う同級生たちに梶君はもう1度「うるせぇ!」と怒鳴ってから、恥ずかしかったのかサッサとコートへ行ってしまった。



開始五分前。

「あれ、もう始まっちゃう?」

間延びした低い声が客席に通った。

立ち去りかけていた淳君が振り返り、「あ……」と持っていたタオルを落とす。

珍しく誰も一緒じゃない鈴木君は、淳君と木山君を見て「よぅ」と片手を上げると、床に落ちたタオルを拾って淳君に渡す。

「お前が野球部とか初耳なんですけど。
何、いつから入ったの」

淳君は少しだけ視線を落としながら「今年から」と呟くと、梶君たちの後を追ってしまった。

「嫌われてるなー、俺も」
そう言って豪快に笑う鈴木君を木山君が片眼で睨みつける。

「あんだけ陰湿ないじめされて恨まれない方がおかしいだろ」

「根性焼きとかちょっとシャレにならないと思うんだよね、あれはもう犯罪の域だと思うんだよね」

私もボソッと言うと、鈴木君がムッとしたような表情を浮かべる。

「あれはヤンキーのしきたりなの」

そう抗議され、「淳君はヤンキーじゃないよ」と言い返すと、鈴木君は今度こそ肩を落として帰って行った。

本当に何をしに来たんだと思いながらも一応は彼の背中を見送ってあげた。

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