災厄の魔女
1.真夜中の攻防戦
あの日の事は、誰も何も触れようとはしなかった。
何も言わず何も訊かず、只無を貫き通す。
忘れた訳では無い。
覚えていない訳でも無い。
あの夜の出来事は、鮮明に記憶に残っている。
あの女性の姿を、あの言葉を、決して忘れる事などできない。
「カナメ、依頼なのだ」
「ん?何々……」
昼食を終えパソコンを見つめていたリッカは指を鳴らす。
すると現れた黒い紙切れ。
舞い降りて来たそれを掴むカナメはさっと目を通す。
「ほほぅ…シンリ、お前が適役だ」
「あぁ……?」
指の間に挟み紙切れを揺らしてみせるカナメはシンリに声をかけるが、既に酒を飲んでいる彼女の眼は虚ろである。
「私が引き受けるよ」
カナメの手から紙切れを奪ったのは、ウェーブのかかった青い髪をサイドに緩く束ねた少女、雅 大和。
彼女こそ、ハルが先日探していたミヤビ本人である。
「あ、嫌…ミヤビ、これは……」
動揺するカナメ。
依頼の内容に目を通したミヤビ自身もどこか悲しそうな顔をした。
「はいはい、やるよ私が。ったく、人の依頼に手を出さない」
紙切れを開いたまま固まるミヤビ。
そんな彼女の額を小突くシンリは紙切れを掴むと乱暴にポケットに突っ込んだ。
「アハハ、ごめんごめん」
ニコリと微笑むミヤビだが、その姿を見つめるカナメは心配そうな面持ちだった。