闇夜に真紅の薔薇の咲く
その埋もれた記憶を掘り起こすことは当然ながら不可能に近く、無理に思いだそうとすれば相当の労力が必要となるわけで。


無理やり記憶の落ち葉をかきわけていたノアールは限界だと言わんばかりに壁に背を預けると、肺の中が空になるほど深く息をついた。


そんな彼に気づいたルイはいつも通りの薄い笑みを浮かべると、ノアールの肩をぽんと叩く。




「無理しないで良いんだよ。君は普通の人以上に生きている。大量の情報が詰まったその頭の中から、遥か昔のことを思い出すなんてよっぽどの超人じゃないと無理だよ。
そのうち出てくると思うから、今は無理やり引きだすのはやめなって」

「……あぁ」




ルイの言うことは最で、ノアールは短い返事を返し、地面に視線を落とした。


力なく口端を釣り上げて、ノアールは自嘲する。


遥か昔のことを思い出すのは不可能に近い。


ルイはそういっていたが、ノアールはとある特定の記憶だけ鮮明に思い出すことができる。


それは彼にとって一番楽しかった時のことであり、一番己の無力を感じた時期だ。


遥か昔のその記憶は、気を緩めれば戒めとなって彼の脳裏に鮮やかに浮かび上がる。


――治安の悪い町に生まれ、両親に捨てられた未だ年端もいかないノアールの前に現れた一人の少女。


彼と同い年くらいの彼女は、鮮やかな紅い瞳を優しげに細めて笑うと手を差し伸べた。




『あなた、とても荒んだ目をしているけれど、どうしたの?』



初対面でそれも会って数分もたたず、“彼女”は不思議そうに言ったのだ。


そう言えば、とノアールは朔夜の顔を思い出す。


朔夜の顔立ちは“彼女”にそっくりだ、と今更ながらに気づいきほぼ無意識に顔をあげて彼女の姿を探し……すぐに視線を下げると、力なく笑った。






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