闇夜に真紅の薔薇の咲く
探してどうすると言うのだろう。


ノアールの恩人はもうこの世にはいない。


遥か昔に、天へと旅立ってしまった。


ノアールは瞳を伏せて、自嘲めいた笑みを口端にのせる。


かなり昔に出会った少女のことを未だ引きずっているなど、我ながら女々しいことこの上ない。




「――ねぇ」



思いだしたくないことを思い出し、すっかり気分が沈んでしまった時に声が聞こえた。


未だ脳裏に浮かぶ“彼女”の残像を振りきるように頭を振り、のろのろと顔をあげたノアールの視界に入ったのは心配そうな表情をした朔夜だった。


彼女は眉をハの字に下げると、無意識なのだろう。


ノアールの袖をきゅっと掴む。




「大丈夫? 元気ないけど……」

「あぁ。大丈夫だ。心配させて悪かった」



上目遣いに見あげてくる彼女に笑い返し、ノアールは柄にもなく意識して笑みを浮かべると彼女はほっと息をついて胸をなでおろす。


あまりに分かりやすいそれに無意識に笑みを零すと、朔夜はそれに気付いて太陽のような笑みを浮かべた。


始めこそ自分たちのことを怖がって愛想笑いをし続けていた彼女も、少しづつだが心を許してくれ始めるようになった。


愛らしい笑みを見るたびに、ノアールは思う。



――今度こそ、絶対に、この笑顔を消させはしない、と。





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