闇夜に真紅の薔薇の咲く
その瞳を見て、朔夜は確信した。

嗚呼。この人は敵なんだ、と。

震える拳を強く握ると、鋭い痛みと共に赤い液体が床に滴り落ちる。

普段ならば気にするそれも、今は一瞥しただけですぐに金髪の彼へと視線をそらし、……--目を見開いた。

(あれ?)

先ほどと何ら変わりない笑み。

けれど、何かが違う。

自分でも分からない違和感に、朔夜は小首をかしげて何度か瞬いた。

何も変わっていない。

笑っていない瞳も。

不気味につり上がった口端も。

彼の瞳の中で静かに燃える、恨みと欲望の光も――……。

そこまで確かめて、朔夜は気づく。

彼の瞳が宿す光が……表情が違うことに。

先ほどまで歪な笑みを浮かべていた彼の表情は、悲しげなそれへと変わっていた。

眉根を寄せ、目を細めた彼は今にも泣き出してしまいそうで。

気づけば朔夜は、自らの意思で彼の元まで歩み寄っていた。

恐らくは、彼すらも気づいていない表情の変化。

それにいち早く気づいた彼女は、彼の頬にゆっくりと手を伸ばす。

目を見開いたまま固まる彼に構うことなく、朔夜は優しく頬を包むと彼の瞳を覗き込んだ。




「――……泣かないで」

「え」

「泣きそうな顔してるのも結構カッコいいけど、そんな顔されるぐらいならさっきの下手な笑顔の方が良い。……まぁ、一番いいのは笑顔なんだけど」



先ほどの恐怖はどこへやら。

完全に固まってしまった青年に構うことなく、朔夜はぶつぶつと呟きながら彼を見上げる。

彼女の行動は彼にとって予想外だったのだろう。




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