まばたきの恋
後ろの空気がやや冷たくなった気がしたが、七菜子はその時のことを口にしながら思い出していた。
「何度も断ってるのにめげない人だった。
そそっかしいけど話していくうちに面白い人だと思ったの。いつも周りを笑わせることに一生懸命でね。
でも”いい人”以上には思えなかった。だから踏み込めなかった。”付き合ったら当たり前になるようなこと”に」
『俺のこと好きになれない?』
近づけた顔を拒めば離れてゆく。息が詰まりそうになる瞬間を何度逃げても怒らない、その優しさについつい甘えてしまったのだ。
「彼はすぐに他の子と噂が立った。『別れよう』って言われた時、当然だと思った。あたしのせいでそうなってしまったんだから」
哀しくはなかった、でも。
”一目惚れなんて、するもんじゃなかったな”
最後にそう言った彼の顔を、今でも思い出す。眉を下げて今にも泣き出しそうな顔を。
「だからね。一目惚れは信じられないの」
ーーだって。内面を知れば知るほどに傷つけられる、早とちりで一瞬の気の迷いでしょう?
七菜子は悔やんでいた。
その曖昧な感情を簡単に受け取ってしまった、自分の無責任な決断を。