まばたきの恋
それは図書室のカウンター当番日のこと。
貸出カードの整理を終えた七菜子は、いつものように本を手に取った。
掌に汗握るスピーディーな展開が有名なサスペンス小説。
七菜子もその世界にのめり込んで、いよいよ終盤に差し掛かったとき、頁を捲る指先が暗く翳ったことに気づいた。
はっとして見上げると、短髪の男子が正面に立っていた。
こちらをじっと見ている。真っ赤な顔をして。
「あっ、ごめんなさい、すぐ気づかなくて」
読書に気を取られて、利用者を待たせてしまうなんてとんだ失態だ。
目の前の、今にも不満を爆発させそうな顔色にびくついて、七菜子はあたふたとペンを取った。
しかし。
貸出カードを提出しないことはおろか、短髪の彼は本さえ手にしていなかった。
彼の異変を察して、七菜子は首を傾げる。
「時間、」
への字に曲がっていた唇が薄く開く。
「時間、ありますか?」
予想だにしていなかった問いに七菜子は動揺しながらも、頭をフル回転させた。
「時間はあります、大いに」
受験生ですけどねーと、少しの愛嬌を織り交ぜて微笑むと、彼の頬がぴくりと引きつった。