ダブルスウィッチ
鞄に携帯と財布とハンカチ、それに化粧ポーチも突っ込んだ。


階段を降りていく間にも、どの場所も手入れが行き届いていることに感心する。


このまま出掛けてしまえば、家事を一切放棄することになるが仕方がない。


どちらにしろ亮介は、今夜は遅くなると言ったのだ。


それはえみりに会うために違いない。


えみりの姿をした彩子に、今夜会うのだ。


少しでも一緒にいたくて、いつもルームサービスを頼み、食べるのもそこそこにほとんどの時間をベッドで過ごすのだと、えみりは知っている。


モヤモヤしながらも、家事をしないことに少しだけ後ろめたい気持ちになった。


あのとき、入れ替わることに同意したのは確かで、彼の奥さんになりたいという気持ちはあったのだから。


それでもそれを振り切って、焦げ茶のパンプスに足を突っ込む。


吹き抜けの天井から降り注ぐ光を浴びながら、玄関のドアをゆっくりと開けてみた。


辺りを見回してみると、閑静な住宅街が広がっている。


大丈夫、見た目は彩子なのだ。


ビクビクしなくてもいいんだと、自分に言い聞かせながら鍵をかけて、一歩を踏み出す。


五月晴れというに相応しい空を眩しそうに眺めながら、えみりは背筋をピッと伸ばして姿勢を正すと、いつも自分がしているように颯爽と歩き始めた。


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