ダブルスウィッチ
今、自分が願うことは、彩子とは違うのだと。


一つだけ願うことが許されるとしたら、えみりの要求は亮介ではなかった。


元の自分に戻りたいという欲求。


その時点でもう、えみりは彩子に負けているのだ。


会計をしてさっきの店員の男の子に微笑んでみる。


やはり彼は曖昧な笑顔をこちらに向けるだけだった。


このまま、彩子として生きるのは嫌だと強く思う瞬間だ。


えみりはえみりとして生きたかった。


歌うことも諦めたくはなかったし、20代の一番輝いてる時期を、捨ててしまう覚悟など到底持てない。


どうすれば彩子は元に戻してくれるのかをえみりは必死に考えた。


今夜、亮介に抱かれれば、彩子の気はすむのかもしれない。


でもそれだけでは何の解決にもならないような気もした。


彩子は亮介が好きなのだ。


例え、愛人の体だったとしても、夫に抱かれたいと思うほどに……


えみりは自分のした行動を振り返って胸が苦しくなった。


自分が亮介に抱かれてる間、彩子はどんな気持ちであの大きな家に一人で待っていたんだろう、と。


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