ダブルスウィッチ
扉を開けると珈琲の香りが鼻を掠めた。


やはり亮介はまだ出勤していないらしい。


自分で珈琲くらいはいれられるんだな?と、えみりは可笑しくなる。


全てを彩子に任せ、家のことなどなにもしてこなかったと聞いたから、なにも出来ないのかと思ったけれど、そうではないのだ。


えみりをエスコートする様子を思い出してみても、自分のことは自分でできるタイプだとえみりは思う。


だから敢えて、なのだ。


余計にたちが悪い。


一度大きく深呼吸をしてから、パンプスを脱いで立派な上がり框に足を踏み出した。


「ただいま」


リビングに顔を覗かせると、ソファーに座り優雅にカップを持つ亮介の姿が目にはいる。


チラッとだけ顔を上げてえみりの姿を一瞥すると、亮介は静かにカップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。


ゴクリと唾を呑み込みながら、えみりは身構える。


なにか言われるんだろうか?と。


もしそうならば、こちらも反撃の用意はある。


暴力はさすがに振るわないだろう。


ツカツカと近づいてくる亮介を、えみりはじっとそらすことなく見つめた。


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