ダブルスウィッチ
言い終わると同時に、亮介の腕に力がこめられた。

えみり……と名残惜しそうに彼女の名前を呼ぶ亮介に彩子は複雑な気持ちになる。

彩子にはわからなかった。

こんなに、彼女を大切に思っているくせに、なぜ亮介は愛などない妻に固執するのだろう?

出世のため、というのは分かり切っているけれど、彩子に対する態度はひどいものだ。

なに一つ彩子の気持ちを汲むことなく、自分のサポート役に徹することを望み、安らぎなどない生活を強いてきた亮介にとって、えみりはきっと唯一の癒しだったに違いない。

それでもそれを捨ててまで、妻を選択する意味が、彩子にはどうしても理解できなかった。



「……最後に……聞いてもいい?」



「なんだい?」



「奥さんと別れないのは、やっぱり出世のため?」



亮介のえみりを抱く腕がピクッと動いて、ゆっくりと下ろされた。

一歩後ずさったかと思うとえみりの前にしゃがみ込む。

真っ直ぐに見つめるその目は、なにを訴えているんだろう?

自分の質問はそんなにもおかしかっただろうか?と彩子は頭を悩ませた。



「……それもある」



一言だけ呟くと、亮介はえみりから目を逸らす。





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