ダブルスウィッチ
彩子はもう何も言えなかった。

小さく頷くだけで精一杯だった。

亮介の本心が聞けたことで、わだかまりが解けて行く。

愛されてはいなくても、自分は必要とされていた。

その事実が彩子に自信を持たせてくれる。

えみりに別れを告げながらも、愛しいんだと伝える亮介を見て、本来なら傷つくだろうはずなのに、彩子は不思議と納得していた。

家庭や仕事では癒されることのなかった亮介の唯一の癒しだったのだと、理解する。

彼女に会わなければ、こんな気持ちにはならなかっただろう。

入れ替わってみて、えみりという人間を知ったからわかるのだ。

自分にはない純粋さと揺るぎない強さ。
夢を追い続ける彼女の姿勢は、女の彩子でさえ応援したくなる。



「……わかった」



消え入りそうな声でそう言うと、亮介は小さく息をついた。

それから、ありがとう……と言いながらえみりの手をキュッと握りしめる。



「自分の夢、必ず叶えて見せる

私の方こそ今までありがとう」



えみりならきっと、そう言うだろう言葉を彩子は亮介に伝えた。

そして自分の手を握る亮介の手をそっと外していく。



「だからもう……奥さんのところに帰ってあげて?

私は……大丈夫だから」



自分が言うのもおかしな話だけれど、彩子は敢えてそう言った。

女としてではなく、パートナーとしてでも必要としてくれているのなら、今すぐ家に帰って欲しい。

明日、目が覚めたとき、横には亮介がいて、また夫婦生活は続くのだ。




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