ダブルスウィッチ
そんな気持ちでかけ始めた自宅への電話。


何かの書類に書いてあったものを、彼が寝ている隙にメモしておいたものだ。


「はい、森野でございます」


どんな顔で彼の名字を名乗っているのだろう?


夫のプレゼントを喜ばないような妻のくせに、自分は森野だと当たり前みたいに気取った声を出す。


亮介に最初に言われた言葉が頭に浮かんだ。


『俺は面倒なのは嫌なんだ

妻と別れるつもりはないし、君ともしそういう関係になったとしても、なにも与えてやれない』


その言葉がえみりを追い詰めていった。


それでも構わないと思っていたのに、それじゃ足りないとどんどん欲張りになる。


彼女の声を聞くたびに、えみりは自分が勝ったような気になった。


あなたは知らないかもしれないけど、亮介さんは浮気してるのよ?


そう思うことで、彼女への嫉妬を和らげていた。


名乗らないのは、亮介に嫌われたくないという、怯えからくるものだ。


だから、無言で彼女に電話をかけ続ける。


コール音の向こうにいる、えみりが奪いたくてたまらない場所を占領する彼女の、声を聞くことでえみりはなぜか安心できたから……


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