ダブルスウィッチ
だから彩子は言いたかった。


毎晩どこに行ってるの?と。


普通の夫婦なら当たり前のそんな台詞も、言えない事情。


喧嘩したところで仲直り出来るわけじゃないことを彩子は知っている。


そして修復不可能な夫婦関係になったとしても、離婚は絶対にしてくれないということも……


そしていつものようにたくさんの言葉を呑み込んで、極上の笑顔で送り出すのだ。


「わかったわ

いってらっしゃい、亮介さん」


「あぁ、行ってくるよ」


毎朝交わされるそんなやりとりは、端からみれば仲睦まじい夫婦なんだろう。


けれど彩子は虚しかった。


中身のない、安っぽいドラマみたいな台詞。


いつまでこんなことを続けなきゃならないんだろうと彩子は思う。


いっそ家出でもしてしまおうか?と考えなかったわけじゃない。


けれど、今の彩子に帰る場所など無いのだ。


実家は数年前に建て直して、すぐ下の妹夫婦と両親は住んでいる。


たまに帰れば「お姉ちゃんはいいわね?」と、愚痴をこぼされる始末だ。


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