ダブルスウィッチ



それは、ほんの小さな出来心だった。


彩子にとっては魔が差したと言ってもいいかもしれない出来事。


いつものようにかかってきた無言電話の向こうに、つい話しかけてしまったのだ。


森野でございますでも、もしもし?でもない、相手が誰なのか知ってるような口振りで。


「亮介がいつもお世話になっております」


受話器の向こう側で、息を呑んだ気配がした。


やはり、浮気相手なのだろう。


それでも口を開こうとはしない相手に、彩子はしつこく続けてみる。


「ダイヤのネックレスはお気に召しました?」


自分はそれさえも知っているんだと、相手にわからせたかったのもある。


きっと向こうは、何も知らないバカな妻だとでも思っていたんだろうから。


あの朝、いつもは言わないことを彩子が口にしたおかげなのか、亮介の帰宅は目に見えて早くなっていた。


もうすぐ春だというのに、彩子の心は冬のまま木枯らしが吹いてる。


早くなったとはいえ朝方帰っていたものが、夜中になった程度だ。


夕食は変わらずいらないと簡素なメールだけが彩子の元へ送られてくる。


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