ダブルスウィッチ
少しだけ自信がなかった気持ちは、逃したと思った瞬間に惜しくなる。


すぐにサインして握手をしていれば、彩子はこの素敵な金持ちと結婚できたかもしれないのだ。


目の前のミルクティーを眺めながら、静かに息を吐く。


彼がまだ立ち去っていないことに彩子は気付いていなかった。


「菊地さん」


名前を呼ばれて彩子は弾かれたように顔を上げた。


そこにはまだ彼がいて、少しだけ口角を上げた笑うとまではいかない笑みを見せていた。


「また、連絡します」


それだけ言って伝票をさりげなく手に取ると、呆然としている彩子を置いて、彼は颯爽とレジの方へと歩いていった。


そんな出会いから3ヶ月、彩子と亮介は結婚することになる。


なぜそんなに早く結婚したのかというと、それは彼の事情にあった。


海外に出向するために必要なパートナーが欲しかったのだ。


英語が話せて着付けも出来て、料理が得意で社交的。


彼の条件は海外で生活するためのものだった。


海外で暮らすことに抵抗がないと書かれていたのも頷ける。


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