キスの意味を知った日

嫌悪感を露にして、眉間に皺を寄せる。

そんな私を見て、櫻井さんは大きく息を吐いた。


「今日はもう帰れ。もうすぐ定時だ」


そう言って、腕時計に目を落とす櫻井さん。

その言葉に、キッと顔を上げる。


「嫌です」

「お前なぁ」

「今日までに仕上げなきゃいけない仕事が残ってるんです」


きっと彼からすると、こんな時まで何言ってるんだ? と呆れているだろう。

でも私にとったら、こんなどこの誰だかも分からない奴に仕事の妨害をされるなんて、たまったもんじゃない。

さっきは急な事で動揺してしまったけど、今は落ち着いている。


私の怒りに満ちた瞳を見て、呆れたように、はぁと一度溜息を吐いた彼。

きっとこれ以上何を言っても変わらないと思ったんだろう、諦めたように口を開いた。


「その仕事が片付いたら帰れ。その代わり、送っていく」


有無を言わさない瞳だったので、素直にコクンと頷いた。

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