キスの意味を知った日
何も考えずにエレベーターに向かうと、ふと郵便受けが目に入った。
その瞬間、ドクンと跳ねる心臓。
さっきの電話の声がフラッシュバックする。
「――」
無意識に足が止まった。
後ろを歩いていた櫻井さんも、自然と足を止める。
さっきまでの強気はどこへいったのやら。
急に怖さが足元から駆け上がってくる。
また入っていたらどうしよう――。
頭の中はその考えで渦の様に回り始めた。
そんな私の考えを読み取ったのか、ポンと優しく頭を叩いてポストに向かった櫻井さん。
「ここで待ってろ」
「え?」
「番号は?」
「ば、番号?」
「郵便受けの」
「――7を右に3回……4を左に1回です」
郵便受けの暗証番号を、何の躊躇いも無く教えた。
でも、この人なら大丈夫。
そう思った。
「大丈夫だ」
ポストを開いて、そう言って柔らかく笑った顔にホッと息が漏れる。
まだ地面に足が張り付いている私の側にやってきた彼は、そのまま私の右腕を掴んでエレベーターまで乗せてくれた。