キスの意味を知った日

何も考えずにエレベーターに向かうと、ふと郵便受けが目に入った。

その瞬間、ドクンと跳ねる心臓。

さっきの電話の声がフラッシュバックする。


「――」


無意識に足が止まった。

後ろを歩いていた櫻井さんも、自然と足を止める。


さっきまでの強気はどこへいったのやら。

急に怖さが足元から駆け上がってくる。


また入っていたらどうしよう――。


頭の中はその考えで渦の様に回り始めた。

そんな私の考えを読み取ったのか、ポンと優しく頭を叩いてポストに向かった櫻井さん。


「ここで待ってろ」

「え?」

「番号は?」

「ば、番号?」

「郵便受けの」

「――7を右に3回……4を左に1回です」


郵便受けの暗証番号を、何の躊躇いも無く教えた。

でも、この人なら大丈夫。

そう思った。


「大丈夫だ」


ポストを開いて、そう言って柔らかく笑った顔にホッと息が漏れる。

まだ地面に足が張り付いている私の側にやってきた彼は、そのまま私の右腕を掴んでエレベーターまで乗せてくれた。
< 114 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop