キスの意味を知った日

シンプルだけど、大人の部屋って感じ。

無駄なモノが一切ない。

それでも、ほんのり香る櫻井さんの香り。

煙草と香水の匂いが俄かに香っている。


ボーっとソファに座っていると、飲めるか。と言ってマグカップを渡された。

顔を上げると、いつの間に着替えたのか、ラフな格好の櫻井さんがマグカップを持って側に立っていた。

その姿に、コクンと頷いて、零さない様にそれを受け取ろうとした時――。


「何これ」


そう言った途端、マグカップをひょいっと交わされて、手首を掴まれた。

見つめる先は、真っ青に染まった拳。

それを見た瞬間、今更ながらジンジンと痛み出した。


「あ……違います。これは……」


戸惑う私を見て、一層険しい顔をした櫻井さん。

きっと、あの男にやられたんだと思っているに違いない。


でも、本当は昨日の夜に自分で壁を殴ってできた痣。

だけど、何て言おう。

本当の事を言ったら、完璧呆れられる気がする。
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