キスの意味を知った日

なんでも、まだやり残した仕事があったから、直帰せずに一度職場に戻ったみたいだった。

そこで、あの現場に居合わせたらしい。


「俺が仕事の鬼でよかったな」


冗談混じりでそう言う櫻井さんだけど、目は笑ってない。

皮肉そうに笑って、マグカップを口につけている。

その姿に、頭を深く下げる。


「――ありがとうございました」


本当に櫻井さんには助けられてばかりだ。

きっと彼が来なかったら、私は今頃どうなっていたんだろう。

考えただけで吐き気がする。

思い出しただけで背筋が凍って、思わずスカートの裾をギュッと掴んだ。

すると。


「怖かったな」


そんな言葉が聞こえたかと思ったら、温かい手が頭の上にポンッと乗せられた。

お揃いて顔を上げると、優しく私の顔を見つめる櫻井さんがいた。
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