キスの意味を知った日


「直帰しなくてよかった」

「――」

「怖い思いさせたな」


そう言った櫻井さんの言葉を聞いた瞬間、世界が滲む。

泣きたくなんてないのに、涙が溢れてくる。


怖かった。

体の制御が効かない程、怖かった。

私の根底をすべて壊される程、怖かった。


それと同時に悔しかった。

ただ、されるがままの自分が悔しかった。


「もう大丈夫だ」


唇を噛み締めながら泣く私に、そう言った櫻井さん。

その言葉を聞いた瞬間、再び壊れたように涙が溢れる。

悪い夢なら覚めてほしかった。


膝に顔を埋めて、声を上げて泣いた。

悲しくて泣いているのか分からない。

悔しくて泣いているのか分からない。

怖くて泣いているのか分からない。


だけど、涙は止まらなかった。

止める術が見つからなかった――。
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