キスの意味を知った日
ゴシゴシとバスタオルで髪を拭きながら床に座る私を見つめる櫻井さん。
濡れた髪から覗く瞳が、妙に色っぽかった。
「眠れたか」
「あ、はい。おかげさまで」
そうか。と言って、キッチンに向かった櫻井さん。
そして、リビングに戻ってきた時には、いい香りのするコーヒーを両手に持っていた。
その一つを渡されて、ありがたく受け取る。
そしてそのまま、ソファーの端と端に座って、お互いコーヒーを無言で飲んだ。
チクタクと時計の音だけがする世界。
それがどこか決まづくて、恐る恐る声を出した。
「あ、あの」
「なに」
「昨日は、ありがとうございました」
「あぁ」
「泊めてもらった事と……。その、助けて頂いて」
改めてお礼を言うとなんだか恥ずかしいし、居たたまれない。
昨日はいろんな事が突然起こりすぎて、自分自身パニックを起こしていた。
冷静にものが考えられなくて、突拍子もない事を頼んだような気がする。
泊めて下さい。なんて、非常識にも程がある。
朝になって、お互い冷静になって、この状況がカオスだと気づいたのだろう。
お互いこの時間が気まずくて、何も話せないでいる。
だから会話もそこで終了し、またコーヒーを飲むことに専念した。