キスの意味を知った日
その匂いは簡単に私をあの頃に連れて行ってくれる。

行きたくもないのに、思い出の中に引きずり込まれる。

思わずグッと一度瞳を閉じて、心を落ち着かせる。

そして、再び目を開けて口を開いた。


「――櫻井さんは、結婚を考えた事ありますか?」


煙草の匂いに触発されて、過去が甦る。

目を閉じれば、鮮明に。


「ん~まぁないわけじゃない。この年だし」

「私もありました。大好きで大好きで、結婚したいって思ってた人」


そう言って、隣に座る櫻井さんに口元だけ笑みを作って見つめる。

何も言わない彼に、あの人を重ねた。


大学の時から付き合ってた彼。

サークルが同じなのが、きっかけだった。

付き合いだしてからも、どんどん好きになった。

一緒にいるのが楽しくて、別れるのが寂しかった。


人懐っこくて。

好奇心旺盛で。

いつも笑顔の人だった。
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