キスの意味を知った日

ゆっくりと息を吐いて、前を見据える。

本当は話すつもりなんて無かったのに、あまりにも櫻井さんが聞き上手だから話してしまった。

こんな惨めな姿、誰にも知られたくなかったのに。


「だから仕事に?」


唇を噛んだ私に、櫻井さんがそっと問いかけてきた。

その姿に、自嘲気に笑って見せる。


「仕事は裏切りませんから。それに、嫌な事も忘れられる」


逃げ道なのかもしれない。

でも逃げて何が悪いの。

そうでもしないと、私はもう前に進めない。

あんな惨めな思いをして生きていきたくない。


「恋とか愛とか、形のないもの、もう信じない事にしたんです」


この時から私は自分の人生から「恋愛」を切り離した。

辛い思いをしてまで、欲しいモノではないから。


意味のないキスをして。

心のないセックスをする。

気持ちのいい事だけする。


それで十分だ。

そうすれば、誰も傷つかない。

心なんてあるから、傷つくんだ。


だから捨てた。

心を。
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