キスの意味を知った日
「恋ってなんだと思います?」
唐突にそう問いかけた私に、櫻井さんは口を噤んだ。
もはや恒例になりつつある、この流れ。
ハンドルを握る櫻井さんは依然、前だけを見つめる。
その隣のいつもの席で、いつもの景色を眺めているのは、私。
「聞いてます?」
「あぁ、聞いてる」
聞いているけど、受け流していそうな櫻井さん。
彼もまた、私と同じで恋には全く興味がなさそう。
あの日、元カレに会った日。
間違いなく私と彼は、上司と部下ではなかった。
それでも、初めて会ったのが上司と部下の関係じゃなかったからか、不思議と違和感は無かった。
まぁ、家も隣同士だし、いつもこうやって送ってもらっているから、櫻井さんとはどうも上司と部下という感じには思えない。
あの事件の翌日に顔を合わせた時は、さすがに気まずかったけど、お互いあの日の事は『無かった事』として接している。
だから、今もこうやって変わらない上司と部下の関係を続けている。
あの日の事は『無かった事』として、毎日を過ごしている。
一向に応えてくれない櫻井さんを横目に溜息を吐く。
櫻井さん、結構モテそうな顔はしてるんだけどな。
顔は爽やかだけど、キリッとしてるし、落ち着いてるし。
仕事はできるし、ちゃんとした役職もあるし。
まぁ……愛想は、あんまりよくないけど。