キスの意味を知った日
カチャ。


画面に釘付けになりながら一心不乱にキーを打っていると、不意に小さくドアの開く音がして、チラリと目線を上げた。


「まだ残ってたのか」


そこに現れたのは。

一番2人きりになりたくない人物。


「……櫻井さんこそ」

「俺は会議」


そう言って、持っていた資料を少し持ち上げた櫻井さん。

あぁ、いつもの定例会議か。


お疲れ様です。と言ってまたパソコンに目をやる。

仕事のペースを乱されたくない。

終電までに、この資料を作ってしまいたい。

そう思っていると。


「松本」


不意に名前を呼ばれてパソコンを打つ手を止める。

小さく溜息を吐きながら、声のした方へ顔を向けると。


「無理すんなよ」


デスクに資料を置いた櫻井さんがそう言う。

思ってもみなかった言葉に、声が詰まる。


「喫煙室にいる、終わったら呼んで」


そう言って、私の返事を待つ前に出口の方へ足をすすめた櫻井さん。

そして、またカチャっと扉が閉まった。
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