キスの意味を知った日


「バレてるぞ」


突然降ってきたその声に、ビクっと肩を上げて立ち止まる。

恐る恐る振り返って物陰から顔を出すと、明らかこちらを見ている櫻井さんと目が合った。

完璧バレてる。


やってしまった……と思いながら、降参して物陰から出て歩き出す。

そのままトボトボと歩みを進めて、相変わらずベンチで煙草をふかす櫻井さんの側で足を止めた。


「……すいません。覗き見しようとしたわけじゃ。たまたま、鉢合わせてしまって……」

「分かってる」


バツが悪くて、俯いたままそう言う。

ボソリと呟いた私の顔を見ないで、櫻井さんは特に気にしていない様子で煙草を灰皿に押し付けた。


はぁーっと真っ黒な空に向かって、大きく息を吐いた櫻井さん。

立っているのも気まずくて、隣のベンチに腰を掛ける。

それでも、さっきの場面を見てしまった手前、何を話せばいいか分からなかった。


もちろん、櫻井さんも口を開こうとしない。

ただただ、穏やかな波の音に耳を澄ませる。

それでも、その静寂を破ったのは櫻井さんだった。


「苦手なんだ、ああいうの」


素っ気無くそう言った言葉に、瞬きを繰り返す。

視線を隣に向けると、同じように海を見つめていた櫻井さんがいた。

その視線は、私に向く事はない。
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