キスの意味を知った日
再び訪れた静寂の中で、1人固まる。
まさか、優しい言葉をかけられるとは思ってもみなかった。
正直、櫻井さんのイメージは初めて会った、あの居酒屋でのイメージしかない。
どこかスカしていて、他人に興味のない人。
自分の世界だけで生きている人。
気まずさから、今日まで業務的な会話しかしなかったし、お互いあの日の事は『無かった』事にしていた。
その方が、お互いの為だと思うから。
だから、あの日から櫻井さんのイメージは変わっていない。
「別に帰ってもらっていいのに」
自分の仕事が終われば、真っ先に帰る人だと思っていたのに。
部下が残っているのに、上司の自分が先に帰るのは気が引けたんだろうか。
そう思うと、私が思うよりあの人は『いい上司』なのかもしれない。
本当の『櫻井 駆』はどっちなんだろう、なんて馬鹿な事を考えながらパソコンを打ち始めた。
◇
「終わり」
パチッとEnterキーを押して、そう言う。
時計を見れば終電に間に合う時間。
さっさと櫻井さんを呼んできて帰ろう。
腹ペコだ。