キスの意味を知った日

再び訪れた静寂の中で、1人固まる。

まさか、優しい言葉をかけられるとは思ってもみなかった。


正直、櫻井さんのイメージは初めて会った、あの居酒屋でのイメージしかない。

どこかスカしていて、他人に興味のない人。

自分の世界だけで生きている人。


気まずさから、今日まで業務的な会話しかしなかったし、お互いあの日の事は『無かった』事にしていた。

その方が、お互いの為だと思うから。

だから、あの日から櫻井さんのイメージは変わっていない。


「別に帰ってもらっていいのに」


自分の仕事が終われば、真っ先に帰る人だと思っていたのに。

部下が残っているのに、上司の自分が先に帰るのは気が引けたんだろうか。

そう思うと、私が思うよりあの人は『いい上司』なのかもしれない。

本当の『櫻井 駆』はどっちなんだろう、なんて馬鹿な事を考えながらパソコンを打ち始めた。







「終わり」


パチッとEnterキーを押して、そう言う。

時計を見れば終電に間に合う時間。

さっさと櫻井さんを呼んできて帰ろう。

腹ペコだ。
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