キスの意味を知った日
その声に導かれるように上を見ると、壁の四隅の一角にいた私を庇うように立っている櫻井さんがいた。

両腕を壁について、私を覆っている。

その姿に、胸の奥が締め付けられる。


ほんと、どこまで私を好きにさせるんだろう。

こんな事されたら、蓋をしていた気持ちが開いてしまうじゃないか。


そんな気持ちを隠すように、櫻井さんの目を見ずにコクンと頷いた。

これ以上、好きにさせないでほしい。

抑えられなくなってしまう。

理性が効かなくなってしまう。

気持ちが溢れてしまう。


逃げるように下を向いて、この状況から解放されるのを待っていたけど、御一行は運悪く私達の階のもう1つ上だったらしい。

チンという軽やかな音と共に、私達の階にエレベーターは止まった。

慌てて顔を上げて出ようとした時、グイッと突然腕を引かれて目を瞬く。

視線の先には、私の腕を引っ張ってエレベーターから降りる櫻井さんの姿があった。


「あ、あのっ」

「いいから」


動揺する私を無視して、そのままエレベーターの外に出る。


握られた腕が熱い。

思わず唇を噛み締める。

だけど、エレベーターを降りた瞬間、離された腕が寂しく揺れた。


「大丈夫だったか」

「え、あ、はい」


何も思ってなさそうにそう言って、櫻井さんは部屋までの道を歩く。

ドクドクと心臓が早鐘のように鳴る私は、聞こえるわけもないのに離れて歩いた。
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